第5章 暴走
「ん?はどこですか?」
片付けが終わり恵は部屋に入った瞬間から香久夜の姿だけを求めて泳いでいた。三輪が手を止め、首を傾げる。
「あ、伏黒くん。ちゃんなら、先生たちの控え室に小鉢を届けに行ったよ。余っちゃったやつがあったから」
「……控え室? 一人でですか?」
恵の眉間が一瞬で凶悪なまでに険しく寄った。
(……一人になるなって言ったのに!!)
ここに到着してからの、京都校の大人たちが香久夜に向ける、不穏で冷ややかな刺すような視線を思い出す。
嫌な胸騒ぎが、恵の背筋を冷たく駆け上がる。時計の針を確認した恵の吐息が、激しく荒くなった。
「……遅すぎる。控え室なら目と鼻の先だぞ」
「そうね……。途中で迷うような道でもないし……」
真依が言葉を濁した瞬間、恵の身体は理由よりも先に動いていた。
「……探してきます!」
「あ、伏黒くん!?」
叫ぶ三輪の声を後ろ背に、恵は食堂を飛び出した。
薄暗い廊下を、足音が激しく響く。胸の奥が、焼け付くように熱い。
(……頼む、何もないでくれ。)
朝、自分の中の男としての欲望に怯え、気まずさからあいつから目を逸らしてしまった。五条悟という圧倒的な存在との断絶に打ちのめされ、足踏みをしていた。
けれど——あいつを失うかもしれないという恐怖に比べたら、そんな葛藤なんてどうでもよかった。あいつは俺が守る。誰にも、どんな奴らにも指一本触れさせない。
廊下を全力で駆け抜ける恵の姿は、まるで囚われの姫を救いに行く王子そのものの必死さと、狂おしいほどの情熱を宿していた。
——その頃、香久夜は体育館裏の薄暗い物置小屋の陰で、冷たい膝を抱えてうずくまっていた。
「……あ……う……っ」
大人たちの冷酷な悪意、「化け物」「処分される餌」という言葉が、胸を深く抉る。一人、小さく震える肩をぎゅっと抱きしめる香久夜。
激しい精神の動揺に引きずられ、体内の莫大な呪力が制御を失って香久夜の体力を奪っていた。
頭は熱にうなされ、体の中心は熱く、過剰なエネルギーに身体を縛られ全身が疼き始める。
指一本動かせない金縛りのような絶望の中で、香久夜はただ一人、救いを求めて涙をこぼしていた——。