第5章 暴走
「失礼しま——」
お盆を脇に置き、控え室の障子に手をかけようとした、その瞬間。わずかに隙間の開いた扉の奥から漏れ聞こえてきた低く濁った大人たちの声が、香久夜の言葉を途中で氷つかせた。
「……おい、さっき運ばれてきたこの料理、どうするんだ?」
「どうするもこうするもあるか。ゴミ箱へ捨てておけ」
バサリ、と生々しい音が響く。
香久夜が大切に、ひとさじずつ味を確かめながら作った山菜の和え物が、容赦なくゴミ箱へ投げ捨てられる音だった。
「……え……?」
息が止まる。
隙間から覗く室内では、京都校の老術師や大人たちが、吐き気がするような嫌悪感を顔に浮かべて立ち話をしている。
「気味が悪い。あんな、“化け物“が作った飯など、口にするのも汚らわしい」
「クックック……まあそう言うな。生徒たちと仲良く料理ごっこでもさせておけば、警戒も緩むというものだ。あの女、自分が歓迎されているとでも思って浮かれておるわ」
「哀れなものだな。上層部も御三家も、あの膨大な呪力と生贄としての価値しか見ておらんというのに。交流会が終われば、処分されるか高値で売られるだけの餌だわ」
ドロドロとした下品な笑い声が、部屋の中に満ちていく。
「化け物に情など湧くはずもなかろう。……おい、さっさとその器も捨てておけ。全部が穢らわしいわ」
——化け物。
——呪霊の餌。
——処分されるだけの存在……?
頭の中で、冷酷な言葉たちが凶器となって何度も何度も脳漿を刺し穿つ。
友達になれたと思った喜び。美味しいと言ってもらえた温かさ。自分はここにいていいんだという甘い希望。それら全てが、一瞬にしてドロドロとした黒い絶望の濁流に呑み込まれて消えていく。
(……あ……あ……っ)
声が出ない。息が吸えない。足の先から冷気が全身へ駆け上がり、膝の力が完全に抜けていく。
自分は、最初から誰からも望まれてなんていなかった。
大切に作った料理も、届けたかった想いも、全て「汚物」として捨てられていたのだと知った瞬間、香久夜の世界は、音を立てて残酷に崩れ落ちた。
「ん?誰がいるのか」
その声に、香久夜は急いで立ち上がり、その場を後にするしかなかった。