第72章 お題夢「冬」+ α / コミュニティ内で募集
猫猫は小さく息を吐いた。
「……月妃様は、本当に面倒を引き寄せる体質ですね。」
月娘は雪を眺めたまま応じる。
「引き寄せてなんかいないわ。寄ってきた影を、ただ照らしているだけ。」
雪片が、ひとひら落ちる。
その白さに、遠く黒い点──
季節外れの虫が紛れていた。
ほら、兆し––––。
月娘は気づき、猫猫も目で追う。
月娘はそっと扇を閉じる。
散らすのではない。
散りたがる影を見届けるだけ。
猫猫の眉がわずかに動く。
「……始まりますね。」
「ええ。冬は、静かに燃えるものよ。」
雪の音なき降りに紛れ、月宮に、確かな毒の兆しが満ち始めていた。
その夜、月宮には雪が深く積もり、庭石は白く沈黙していた。
御簾の奥、月娘は香炉の灰にそっと指を添える。
灰は冷え、わずかに湿っている。
──変わった。ほんの刹那、香の配合が。
茶碗の縁にも、わずかに光を歪ませる“膜”が薄く残る。
真綿の毒……遅く、静かに、気づかせぬまま弱らせる型。
散らせるつもりならば、冬を選ぶ。
この主が戻る前に、花が凍え落ちるように。
月娘はゆるく息を吐いた。
白い息は、雪灯りに吸い込まれる。
静かで、美しい殺意。
だが、愚かだ。
散る花を愛する壬氏ではない。
彼は散らぬ花を、誰より愛している。
それを知らぬほど、この宮の影も浅い。
侍女が茶と菓子を運ぶ。
香は甘く、湯気は柔らかい。
猫猫が横から、何気なく盃を引き寄せ、湯の上を覗き込む。
「……香りが、一歩遅れて残る。」
月娘は扇を伏せ、柔らかに微笑む。
「冬の夜ですもの。香りも、眠りたがるのでしょうね。」
「眠らせたいのは、香じゃなくて……。」
猫猫の言葉を、月娘の指が止める。
その指は凛として、優雅で、揺らがない。
「いいのよ。」
それだけ。
けれど、決意を固める刃のような響き。
月娘は盃を取る。
猫猫が止める間もなく一息で飲む。
猫猫の瞳が見開かれた。
盃を置く指先は穏やか。
扇の先が、ゆっくり月光を割る。
「散るときは、香り高いほうがよろしいわ。」
それは恐れではない。
勝つために飲む者の言葉。
そして、猫猫への暗号でもあった。