第53章 恐怖を讃えるコラール【渋谷事変】
「はぁっ! はっ! はっ‼」
「はぁ……うっ! げほっ! げほっ‼」
だらだらと鼻から流れる血を拭うこともできないまま、伏黒は駅の床に膝をつき、荒く呼吸を繰り返した。
隣では詞織も青ざめた表情で身体を震わせている。
領域が解除された。あのタコのような特級が祓われたのだろう。それも、甚爾という名の男一人で。
「詞織、詩音は……っ⁉」
「ん……はぁ……だい、じょうぶ……祓われてはない。致命傷に、なる前に……わたしの中、逃げられた……今、気を失ってる、みたい……はぁ……っ」
自分の胸に触れて安堵の表情を浮かべる詞織に、伏黒も呼吸を整えながら安心する。
あれほど『祓ってやる』と息巻いている相手に変かもしれないが、そんな矛盾すら自分でも気づいてはいなかった。
だが、領域は解除されても、まだ問題が残っている。
突如 降って湧いたように現れた存在――この男が味方なのかどうか。
その虚ろな目が、値踏みするように伏黒たちへ向けられた。
――本能のまま戦い続ける殺戮人形。
――その牙は常に、強者へと。
――手負いではない伏黒と詞織へ――……。
パリンッとガラスの砕ける音と共に、気づけば伏黒と詞織の身体は宙を舞う。