第52章 波打つグルーヴ【渋谷事変】
「まさか、こんなことが……」
「【游雲】は特級呪具の中で唯一 術式効果が付与されてない。純粋な力の塊――だから、その威力は持つ人間の膂力に大きく作用する」
呆然と呟く七海に、真希がそう説明する。
特級が自分の周りに縄状にうねる水を展開して防壁を形成しよとするも、甚爾は力任せに【游雲】で防壁ごと特級を叩きつけ、砂浜まで吹き飛ばした。
「ジジィ。誰だ、アレは?」
真希の問いに直毘人はフンッと鼻を鳴らす。
「亡霊だ」
忌々しそうに吐き出された言葉には、どこか嫌悪感すら滲んでいるように感じられた。
『よく分かってるじゃない』
ふわりと詩音が詞織の傍らに降り立つ。
『死者の気配がするわ。死んだ人間でしょ、あの男。あなたのよく知る人物みたいね』
「同類のことはよく分かるか、呪霊よ」
『あんなのと一緒にしないでくれる? そもそも、呪霊じゃないでしょ』
不愉快そうに眉を寄せる詩音の言葉の意味は分からなかった。考える余裕がなかった、という方が正しいかもしれない。
「伏黒君、詞織さん。もう少しもちますか?」
「……はい」
「何とかする」
申し訳ない、と言う七海の視線の先には甚爾の姿があった。
「――彼に賭けます」
その視線の先で、甚爾が【游雲】の両端を擦り始める。耳を貫くほどの不快な異音が頭にまで響き、途切れそうになる集中力をギリギリで繋ぎ止めた。
あれは……呪具を研いでいる?
甚爾が再び、両端を鋭く尖らせた【游雲】を構える。
このときで、すでに詞織と伏黒の領域は押され、かなり縮小していた。このまま時間をかけていたら、押し切られる。
それはきっと、特級も気づいていることだろう。砂浜を蹴って、特級が空へと逃げた。