第1章 一夜目.5時限目の空
次に足を運ぶのは、二人が共に勉学に励む教室である。初めて足を踏み入れる、夜の教室。消灯しているので暗闇かと思いきや、窓から差し込む月明かりで意外と平気である。
一織は、エリに言われるがまま自分の席へと腰を下ろした。すると彼女は、その隣の席に着く。
『私達ってすごく席が遠いよね。こんなふうに隣の席だったら、きっと勉強も楽しくなったと思う』
ふふ。と薄く笑うエリだったが、一織は肯定しかねていた。もしも彼女が隣にいようものなら、授業の内容なんて何も頭に入ってこないだろうから。しかし、ほんの少しでもエリの近くにいたいという欲は止められない。
「明日、朝のホームルームで席替えを提案してみましょうか。しばらくやっていませんから、おそらく実施の運びになるでしょう」
『…うん。近くの席に、なれるといいなぁ』
そう呟いたエリの瞳は、どこか一織の知らない遠くを見つめているようだった。
教室を出た二人は、その後も色々な場所に足を運んだ。時折、昼食を共にした食堂。同じグループになって実験を行なった理科室。様々な歌や映像を共有した視聴覚室。二人にとってそれは全て、相手を思い出す場所となっていた。
改めて一織は、エリに質問を投げ掛けた。この時間、この場所にやって来た理由を。すると彼女はこう答える。
『思い出が、欲しくて。一織くんと、二人だけで学校を見て周りたかったんだ』
意中の相手からこんなことを言われたなら、嬉しくなるのが自然だろう。しかし一織は、素直に喜べなかった。語ったエリの声が、あまりに切ない色を孕んでいたから。
どうして思い出作りが今なのか。どうして今にも泣き出しそうな顔をしているのか。訊くべきことは沢山あったはずなのに。一織は、逃げた。それらを訊いてしまえば、何故だか二人の関係が壊れてしまうと思ったからだ。
その代わりに、エリの手をとった。彼女が自分の前から消えてしまわないように。繋ぎ止めておくように。愛しい人の手を引いて、最後の目的地へと向かう。その場所は、体育館であった。