第1章 生きてるだけで【煉獄杏寿郎】
そのあとのことはあまり覚えていない。
逃げていく鬼に炭次郎が叫んでいた。
私は、彼の正面に座った。
「…唄羽…」
そう、名前を呼ばれると我慢していた涙が止めどなく溢れてきた。
言いたいことが言葉にならない。
「…っふ…っ…杏、寿郎…っ…」
そっと抱きしめられる。
「…心残りが、1つある…唄羽を1人にして残して逝くことだけが、俺は苦しい…」
「…そう、っ、言うなら、逝かないっで…お願い…」
そう言っても杏寿郎は何も言ってくれない。
「…よもや、この列車に、君が乗っていてくれて良かった…最期を、唄羽に見送ってもらうことができるんだからな…」
そこで唄羽はハッとする。
そうだ、大事なことを伝えていない
伝えてしまったら、彼の未練になってしまうかもしれない、それでも、この子は私たちの、宝物なのだから。
「杏寿郎、あのね、ここに、赤ちゃんがいるの…私と、杏寿郎の、…っ」
「…っ」
杏寿郎の目が大きく開かれる。
「そうか…そうなんだな…俺も、父親になったのだな…。唄羽。残して逝くことを…許さないでくれ…君と、この子を残すことを、死ぬまで怒ってくれ…」
涙が、止まらない。
どうしてこの人はこうも優しく、儚いのだろう。
「…杏寿郎、名前をつけてくれない…?貴方が父親なんだから…そうしたら、貴方とこの子と一緒に私は生きていくから…」
精一杯の強がりだった。
本当は泣き喚いて、叫んで、一緒に死にたい。
1人で、こんな暖かい人を失っては生きていけない。
貴方とずっと一緒がいい。
でも、そんなことを言ったら杏寿郎は怒るでしょう?
ならば、せめて貴方の未練にさせて。
貴方がいた、貴方がくれた幸せと一緒に生きていきたい。
「…そうだな、女の子ならーー 男の子であればーー 」
「唄羽、どうか生きてくれ、この子と一緒に幸せになりなさい…ずっと永遠に愛しているー…」
そう言って、ゆっくり微笑みながら杏寿郎は逝ってしまった。