第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
道の真ん中をまっすぐ歩いていただが、斜めに逸れていった。甘い香りが鼻をくすぐっており、蝶々になった気分でふらふらと吸い寄せられていく。
香りの正体は一軒の露店で、見知った形の菓子がワゴンにこんもりと盛られていた。
(あれってドーナツ?)
そういえば――
(有名なドーナツがある鎌倉のカフェで、お茶しようって予定立ててたのよね)
旅行雑誌に掲載されていた店である。楽しみにしていたのに津波に巻き込まれたために食べ損ねてしまった。
慣れない世界に、めまぐるしく変わっていく環境。生きるだけで精一杯だったの思考は停止していたに近かった。
この世界に慣れようとして何の意味があるのか。帰ることを第一に考え続けなくてはいけないのに疎かになっていた。
(香織……いまごろどうしてるかしら)
が津波に攫われたことで責任を感じてやいないだろうか。
(お母さん……心配してるかな)
警察に捜索願を出したのだろうか。死んだと思われているのかもしれない、とも思っていた。
(生きてるのよ、私。知らない世界でだけど、ちゃんと生きてるのよ)
――せめて生きていることだけでも伝えられないものだろうか。
は考える。ここへ来たのは海がきっかけだった。
(なら、この世界と私の世界って海で繋がってたりしないかしら)
たとえばこちらの海からメッセージ・イン・ア・ボトルを流したら、向こうの海へ届くのではないだろうか。やってみる価値は充分ある気がした。
「兄ちゃん。買うのか買わないのか、はっきりしてくれ。冷やかしはごめんだよ」
顎に手を添えて考え込んでいたら、無愛想な声がかかった。店の前でぼけっと突っ立っていたので店主が痺れを切らしたらしい。
は愛想笑いする。
「すみません、冷やかしじゃないんです。どのお菓子が一番美味しそうかな、って選んでたんです」
「なんだ、買う気はあったのか」店主はころっと機嫌を良くする。「うちのプフアンクーヘンは元祖だ。大きさも味も全部平等に作ってあるから、どれも美味いよ」
「プフアンクーヘンっていうんですか、これ」