第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
今度こそ間違えがないよう、名前をしっかりと確認してから発信ボタンを押す。スマホを耳に押し付け、祈るような気持ちで待つ。
《 もしもし!エリ!? 》
『あぁ、よかった。出てくれて…』
《 …どうしたの?何かあった?》
『ううん。何も。ところで、今って少し大丈夫?』
《 うん!ちょうど休憩に入ったところなんだ。すごいタイミング 》
電話の向こうで、楽しそうにする龍之介。それにしても、今日の仕事は一体どんな内容なのだろうか。私がそれを把握していないなんて、いつ振りのことだろう。
『そう、それは良かった。お疲れ様。
ところで、今日は家に帰れそうなんだ。だから、それを伝えたくて電話し』
《 本当に!?あはは!どうしよう、すっごく嬉しい。疲れてるだろうから、家でゆっくりしようね。俺、何かエリの好きな物作るよ。何が食べたい? 》
『え、本当?うーん…どうしようかな。
面倒なのでもいい?』
《 もちろん! 》
『じゃあ、クリームコロッケ。ソースはね…、トマト…あぁでもデミグラスも捨て難いなぁ。うん!やっぱりトマ』
《 待って!君の為に、両方とも作る 》
『あははっ、さすが龍之介先生!』
そう。これが、私の求めていたもの。
龍之介と話していると、ただそれだけで心が休まる。あんなに重かった体と頭と心が、ふわっと軽くなるのだ。これが愛でなければ、一体 何だというのだろう。
それじゃあ夜、楽しみにしてる。そう言って龍之介は、会話を締めくくった。私は向こうが電話を切ったことを確認してから、携帯を耳から離した。