第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
《 お前、大丈夫か?》
『…まぁ、なんとか。最近ちょっとバタついていて、家には帰れていないんですけど』
《 そうなのか… 》
『あれ。龍から話を聞いてないんですか?てっきり私の近況は、筒抜けだと思っていました』
《 いや。最近、龍とは…仕事の話しか、してねえから 》
楽は電話口の向こうで、声を落とした。まさか、2人は喧嘩でもしたのだろうか。そんな有り得ないことを考えて、そして一瞬で否定した。
《 春人。お前って 》
『はい』
《 龍には、敬語 使わねえんだな 》
『え…あ、あぁ、さっきの…。すみません、どうか忘れてください』
《 無理だ。なぁ、俺にも使うなよ。敬語なんか 》
気の所為だ。楽の声が、いつもと違っていると感じるなんて。おそらくは、久し振りにその声を耳にしたから、変に聞こえてしまっているだけ。
まるで、エリに話す時みたいに熱を帯びているような気がするなんて。そんなのは絶対、気の所為だ。
『それこそ…無理ですよ』
《 …まぁ、そうだよな。悪い 》
『じゃあ、貴方も忙しいでしょうし。そろそろ』
《 あぁ。今度は俺からかけるよ。またな 》
私は、自分から電話を切った。壁に背中を預けて、天を仰ぐ。一刻も早く、龍之介の声が聴きたかった。彼の声を聴けば、きっと楽の声を忘れられるはず。