第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
言うまでもないと思うが、その日の私は頑張った。頑張っているのはいつものことだが、今日は特に頑張ったのだ。残業など、1分たりともしてやるかという気概で。
やるべき事は全てやったと、時計を見上げたのは午後6時。いそいそと帰り支度をしている私の前に、了が現れた。そして、鞄を持ち上げた私に平然と言ってのけやがった。
「あれあれ?どこ行くのかな?これから君は、接待だよ?」
『……冗談でしょう?』
「だよねぇ!僕も接待って好きじゃないんだ。油ぎったオッさんと酒飲んでも、なーんにも楽しくない」
『いや、そうではなくて。貴方、今日は私に定時で上がっても良いって』
「僕が?言ったっけ?そんなこと。まぁ仮に言ったんだとしたら、接待の予定が入る前だったんじゃない?」
正直言って、これは効いた。ボディにとかじゃなく、顎下に右ストレートをぶち込まれたくらい効いた。
でもショックな顔を了に見せるのは癪だったので、長い溜め息に鬱憤を全て詰めた。
『はぁーー…』
「んー?何その態度。社長であるこの僕が行くのに、まさか君が来ないわけないよねぇ?」
『まぁ…行かないわけにはいかないでしょうね。じゃあすみません。一通だけメールを』
「そんな時間ないよ?もう下に油ぎったオッさんが待ってるんだ!」
『え…えぇ!?嘘でしょう!?これから接待する相手を待たせてどうするんですか!』
私は了の腕を掴み、嫌がる彼を強引に走らせたのだった。
そこからの記憶は、はっきり言ってあまり無い。了が失礼をしないように見張っているのと、眠たい顔を相手に晒さないことだけで必死だったのだ。いつも通りに相手を接待出来た自信はこれっぽっちもなかった。
ようやく解放されたのは、午前3時を回ってからだ。家へ帰ろうとする私に、了は不思議そうに問う。
明日の早朝会議に出ることを考えれば、家に居られるのはせいぜい2.3時間だろう。それでも、無理をして自宅まで帰るのか?と。
確かに、効率良く休むことを優先すれば、会社に泊まるべきだろう。しかし私は、半ば死んだ頭で 帰ることを選択した。