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引き金をひいたのは【アイナナ夢】

第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?




歳は、30代中頃だろうか。美しいグレイヘアーと、髪と同じ色の瞳が、彼をとても上品に見せている。
それにしても、見ない顔だった。彼はここの社員なのだろうか。ちなみに、首から入館許可証は下げていない。

もしかすると、私はとんでもなく不躾な視線を浴びせていたのかもしれない。男は少し困った様子で微笑み、告げる。


「怪しい者じゃないですよ?一応、ここの社員です。まぁ、最近まで海外に飛ばされていたので、顔見知りは少ないですが。
それにしても、やっぱり本社は良いですね」

『は、はぁ』


私の疲労がマックスでなければ、もう少し気の利いた返しが出来たのだろうか。


「そんなことよりも。あなた、顔色が優れませんね。いらぬお節介かもしれませんが、休息はしっかりと取られた方が良いかと」

『それは、どうもお優しい言葉をありがとうございます』


私が言うと、彼は人懐こい笑顔を浮かべてくれる。ちょうどその時、廊下の奥から了の声が聞こえてくる。待ちきれなかったのか、私を呼んでいるようだ。
すると、今まで朗らかだった彼の表情が初めて曇る。


「まずいな。いま彼に会ったら、また嫌味を言われてしまう…。
そういうわけですので、ここで僕と話したことは、了くんには内緒でお願いします」

『りょ、了く』

「なんだか、貴女とはまたお会いできそうな気がしますね。では、くれぐれも食事と睡眠はしっかりととってください」


さようなら。爽やかに言い残して、彼は足早に去って行った。
海外に飛ばされるような社員が、社長のことを下の名前にくん付けで呼ぶだろうか。
不思議な男だった。でも、不思議な魅力を纏った男だった。優しさと、真面目さと、胡散臭さがミックスされたような…

私は一歩、足を進めて思い至る。


『…名刺くらい、交換しておけば良かった』

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