第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
ずっと携帯を手に持っているのも辛くて、スピーカに切り替え了の言葉を仕方なく耳に入れる。
《 退屈凌ぎに、こんな話はどう?
君は、どっかの国の武器屋さんだ。するとまたどっかの国が、馬鹿げた戦争をおっ始めた。君にとっては、恰好の書き入れ時だよねぇ。でも当然、武器を売れば売るほど死人は増える。さぁ、君はどうする?自分が生きる為に、戦争をふっかけてる国にも武器を売る?それとも、正義の為に武器を売らず、自分が飢えるか 》
『…難しい問題です』
結局、答えは出ないまま事務所に辿り着いてしまった。車を降りながら、回らない頭で考える。
『あれ…そもそも、了は何でこんな話をしたんでしょう』
「気付かないの?あいつの話に、意味なんてない」
「まぁ、悠の言った通りだろうな。付け加えるとするなら、了さんは あんたの脳を休ませないことに成功した」
「真面目に考え過ぎる あんたの性格、逆手に取られちまったな」
4人は、その場で解散となった。ここ最近はずっと、彼らを自宅まで送るのは別の人間がやっている。私はいつも1人、了の待つ社長室へと向かうのだ。
私は漫画やアニメのヒロインではないので、少し徹夜を続けたからといって倒れたりはしない。だが、注意力くらいは散漫になる。重い体に鞭打ち、しばしばする目を擦りながら歩いていると、廊下のど真ん中で人とぶつかってしまう。
「お、っと。大丈夫ですか?」
『…あぁ、すみません。少し、ぼーっとしていて』
バランスを崩した私を、隙なく支えてくれた男。その酷く優しい声に気を持っていかれ、思わず言葉に詰まる。
低く甘い、ずっと聴いていたくなるような その声の持ち主は、目元を優しげに下げてこちらを見つめていた。