第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
翌日。仕事を終えた夕方、私は了から呼び出しをくらっていた。まぁ当然であろう。そして、その命令に背く権利をこちらは持ち合わせていない。
沈んだ面持ちで、彼が待ち受ける扉の前に立つ。そして深呼吸をひとつ。それからようやく、私はドアノブに手を掛けた。
失礼しますと言い終わる前に、ヒュッと音を当て何かが耳元を掠めた。それがダーツの矢であったことを遅れて知る。
「あ、ごめーん。手が滑った」
ダーツ盤は、私の立つ位置から見て右奥だ。つまり、どうやら彼の機嫌は上々らしい。無言、無表情のまま、私は勧められてもいない椅子に腰掛けた。
『この度の私の身勝手な行動で、ŹOOĻ全員をステージに立たせられなかったこと。心からお詫びします。申し訳ありませんでした』
何はともあれ、ここは謝罪が第一だろう。事情はどうあれ、ライブに巳波を出さなかった。しかもそれを社長に無断でやってしまったのだから。
了はうんともすんとも言わず、ただ冷たい目でこちらを見ている。そんな彼に、予め用意していたファイルを差し出す。
『こちらは巳波が居ない間のスケジュールです。会社に不利益が被らないよう、組み直しましたもので』
「はぁ。君は、何も分かってないねぇ。そんなことは、どうだっていいんだ。じゃあ何が問題か、だって?あはは!決まってるじゃないか!
お前が僕をこけにしやがったって事実だよ」
『罰なら、何なりと』
了はテーブルに身を乗り出して、私の顔を覗き込む。そして、悪魔のような暗い冷たい顔をして笑った。
「で?
罰を受けるのは…君1人でいいのかなぁ?」
彼の口から、この質問が出ることは予想していた。だから当然、返答も用意してある。私は何食わぬ顔で言葉を吐く。
『はい。今回のことは、私の独断で行ったことです。ŹOOĻメンバーは、ライブ直前まで棗さんの不在を知りませんでした』
「…ふぅん?へぇ?そっかぁ。それなのに君は、あの3人にステージで頭を下げさせたわけだ。確かにあの演出は悪くなったよね。ファンを大人しくさせる為だったらアイドルに何でもさせる。そういう考え方は好きだよ、僕も」
『!!貴方、あのステージを観てい』