第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
私はどくどくと五月蝿い心臓を抑え、トウマが手持ちマイクを握る姿を見守った。
「あー、えっと…まずは お前らに、謝らなきゃなんねえことがある。
今日のライブ、ミナは…棗巳波は来られない」
予想はしていたが、客席はより大きな喧騒に包まれた。嫌だと叫ぶ者、顔を覆って鳴き声を上げる者、様々だった。そんな彼女達は一様に、巳波を心から想っているのだろう。今日、会えることを楽しみにしていたのだろう。
私も、胸の一番奥がチクリと傷んだ。
「ごめん。ミナは…大事な、友達に会いに行ってるんだ」
『!!』
あれだけ騒がしかった観客席が、水を打ったように静まり返る。
私も、彼女達と同じくらいに驚いた。どうしてトウマは、打ち合わせた内容を説明しなかったのだ。
もしもファンが本当の理由を聞いて、納得してくれなかったらどうする?
卑怯な話、こういう場合は急病という手を使うのが最も確実だ。どんな理由よりも、あぁそれなら仕方ない。と思ってもらえる確率が一番高いから。なのに、どうして…
次は悠が、マイクを手にして語り掛ける。
「その友達とは、もしかしたら…もう、会えなくなるかもしれない。最後かもしれないんだ!だから、どうしても巳波とそいつを会わせてやりたかった。
それで、3人で決め…いや、皆んなで決めて、巳波を送り出した。わがまましちゃってるって、分かってるんだけどさ…」
悠の絞り出すような告白に、私は口元を手で覆った。ファン達も、同じような姿勢で耳を澄ませている。そうでもしていないと、何かを叫び出してしまいたくなる。
虎於は、すっかり静かになってしまった客席に、何を語るのだろう。
「まぁ巳波が居なくても、お前達を満足させてやる自信はある。が…
あいつがここに立ってないことで、悲しい気持ちになってる奴は…絶対にいるんだろうな。
だから、すまない」
虎於は、深々とその頭を下げた。
「…ごめんなさい!」
「ごめんな!!」
続いて、悠とトウマも虎於に倣う。私は、霞む視界でそんな3人を袖から眺めていた。