第98章 気付かないふりをするのがマナーでは?
『お忙しそうな時にすみません。また掛け直しますね』
《 あーー!待って待って切んないで!今の内に話しとかないと、しばらく話し出来なくな 》
その時。抑揚のないアナウンスの声が鳴り響く。巳波が乗る予定であるノースメイア便の、搭乗手続きが始まったことを知らせるものだった。
私は驚きのあまり、目を見開き口を引き結んだ。何故なら、電話口の向こうからも同じアナウンスが聞こえたから。
《 あ、あれ?いま、そっちからも空港の放送聞こえた…?どうなってんの? 》
環も気付いた様子だ。不思議そうな声で、独り言のように零す。その種明かしは、間も無く行われる。
「え、エリ?」
『!!ば、万理』
隣に設置された、上へ向かうエスカレーター。それに乗っていたのは、万理であった。彼は思わぬ人物との遭遇に、つい私の本名を口にしてしまったらしい。呼んでしまった後、口元を押さえて恐る恐る後ろの人物を確認した。
後ろに立っていたのは、陸。彼もまた、驚いた瞳でこちらを見つめている。その後には、環と壮五が続いていた。
私達は驚きのあまり何も言えずに、ただただエスカレーター越しにすれ違う。
『な、なんで、ここに彼らが…!』
正気を取り戻した私は、思わず下りエスカレーターを駆け上る。上からは、彼らが逆に駆け下りて来るのが見えた。
下へ行くはずの私が上へ向かい、上へ行くはずの彼らが下に向かって走っている。この異様な光景を断ち終わらせるべく、私は息を整えつつ提案する。
『と、とりあえず上、上に行きましょう!』
ほぼ下り切っていたエスカレーターを駆け上がれば、どうしたって息は弾む。手を両膝に預けて腰を屈め、ぜーはー言っている私の背中を環がさすっていた。
額に滲んだ汗を手の甲で押さえながら、姿勢を正す。そんな私に、万理が一番に声を掛けた。
「中崎さんが、どうしてこんな場所に?お勤め先を変えられて、何かと忙しいと聞き及んでいましたが。まさか海外旅行でも?」
『あはは。それは本当にまさかですね。貧乏暇なし、旅行なんて縁がないくらいに働き詰めですよ』
「あー!もー!今そういうのいいから!!」