第94章 抗うもの
不甲斐なさにサボは手に力を込める。整備されていない地面を抉った爪は割れ血が滲んでいた。
その手の先に黒い影が落ちる。自身を覆う黒にサボは顔を上げた。
「どうした少年」
そこに立っていたのは長身のローブの男だった。
顔は影が差していてよく見えない。男は地面に倒れるサボの前にゆっくりと膝をつき血に濡れた手を取った。
その手の温もりにサボは堪えていたものがあふれ出す。
「おっさん……この火事の犯人は本当は王族と貴族なんだ。本当なんだ」
その頬を伝う涙と共に様々な感情が溢れサボの心をかき乱した。
縋るように取られた手に力を込める。男はそれに応えるようにそっと握り返してきた。
「この国はゴミ山よりも嫌なにおいがする。人間の腐った嫌なにおいが。ここにいても、俺は自由になれない__!」
水琴が手を差し伸べてくれた時。
本当はその手を取って逃げ出したってよかったのだ。
海に逃げ出した子どもを連れ戻すためならまだしも、名誉や保身にしか興味がない両親が残された人間を海賊に襲わせるなどリスクの高いことをする可能性は低かったから。
だけどサボは違う道を選んだ。
思えば意地だったのだろう。
自分の生き方を頑なに否定する両親を、正面切って見返してやりたいという、幼い意地。
こんな貴族社会でも。
自由を愛し、自由を求める心は決して奪うことは出来ないのだと見せつけてやりたかった。
だが今回の一件はそんなサボの夢想を覚ますには十分すぎる出来事だった。
門を隔てた向こうに広がる地獄を想像し、サボはこの国が既に手遅れなのだということを思い知った。