第94章 抗うもの
「知ってる……?」
「あぁ。高町に住む者は子どもから老人まで誰もが知っている。だがそれは皆が黙認すべきことだ。もし高町以外の人間に漏れたらどうなる」
我々は特別なのだ、と当然のように語る言葉からは純粋な狂気しか感じられなかった。
「君も貴族の子なら__」
「っ!!」
老紳士がまだ何か言おうとするのを待たずにサボはその場を走り去る。
呼吸が荒く乱れるのは疲労のせいではない。
足元が崩れ落ちそうになるのも。
脇目も振らずサボは中心街へ繋がる大通りへ向かう。もっと色々な情報を集めるつもりだったが、今は一時も早くこの町を離れたかった。
「いたぞあの子では?!」
「家出の少年!」
通りの向こうから駐在が駆けてくるのが見えサボは足を止める。
もう屋敷にいないことがばれたらしい。予想以上に早い動きにサボは舌打ちし踵を返す。
「ちっくしょう……!」
サボが逃げ回ることで事態がどう変わるとも思えないが、捕まり屋敷に連れ戻されるのだけはごめんだった。
物陰に隠れて息を潜める。すぐそばを駐在達が駆けていく気配がした。
忙しない足音が向こうの通りに遠ざかっていく。完全に気配が消えて、サボはゆっくりと息を吐いた。
「エース、ルフィ、水琴……」
この国はいかれている。
これから人が死ぬと知っていても飯を食い、勉強しろと言い、自分たちは特別なんだと疑いもしない。
きっと明日の朝、貴族や王族たちは全てが燃えて無くなったグレイターミナルを見て、綺麗になったと清々しい笑みを浮かべるのだ。
なんて地獄だろう。
ほんの少し、期待をしていた。
おかしいのはサボの周囲の大人だけで、自分と同じようにこの状況をおかしいと思う誰かがいるかもしれないと。
でもこの国ではおかしいのはサボの方で。
サボが抱く小さな「正義」は、大多数の「正義」によって荒々しく踏みつぶされてしまった。
「まだ……まだだ」
たとえ無いもの同然と扱われようと。
誰の目にも映っていなかろうと。
サボがそうだと信じる正義は、確かにこの胸に宿っている。