第8章 ー天使の涙ー
それからしばらくは久遠が一人、徒然なるままに話すことを青峰はただ聞き流していた。
パン屋の前を通れば「いい匂いだね」と言ったり、道を鳥が歩いていれば指を指して「あれはハクセキレイ」と教えくれたり、風が吹いただけで「気持ちがいいね」と笑う。
始終楽しそうな久遠の姿に青峰は「そーだな」とか「へー」とか「まぁな」とか言いながら何だから毒気が抜けていくようだった。
だからなのか、以前屋上で思った疑問を口にしていた。
「天野、お前、マネージャーやってて楽しいのか?」
さすがに選手としてプレーしなくてつまらなくないのか、とは訊けなかった。
『それなりの理由』を尋ねることはもっとできなかった。
「うん!楽しいよー」
「でも、俺らのプレー、見てるだけだろ?」
「うん!でも、楽しいよー」
「でも、プレーは見るよりやる方が楽しいだろ?」
その瞬間、それまでニコニコと持続していた久遠の笑顔がはたと止まった。
一瞬だけ動きが止まり、一瞬だけ笑顔が消えた顔で、一瞬だけ青峰の目を見た。
でもそれは一瞬だけ。
すぐに久遠は再び笑った。
「見るのも楽しいよー?」
さっきまで見せていたニコニコの中に僅かな苦しさのようなものが見えたような気がした。
それを見た瞬間、青峰の胸にも締め付けるような少しの違和感が走る。
あぁ、これは突いてはいけない。
本能的にそう思わせるのには十分な罪悪感だった。
「だからね、いっぱいみんなのプレーを見ていたいんだー。青峰くんのプレーもいっぱいいっぱい見たいんだー」
青峰が何も口にできないことを知ってか知らずかはわからないが、久遠はそう続けた。
青峰は「そうかよ」とだけ口にすると、黙った。
その後、何事もなかったように久遠の徒然なる話題が再開して、青峰は話題に乗るでもなく気のない返事をし続けた。