第118章 青い花の秘密
「良かろう。貴様の才覚、存分に見せてみよ」
信長の言葉に、宗伯は深々と頭を下げた。
「ありがたき幸せにございます」
張り詰めていた空気が僅かに緩む。信長の機嫌を損なうことなく会談が終わりそうな様子に家臣達もほっと胸を撫で下ろす。
「今ひとつ」
宗伯が再び口を開く。
広間中の視線が集まる中、宗伯はゆっくりと顔を上げた。
「織田様は、他の武将方が持たれぬものをお持ちですな」
信長の眉が怪訝そうに吊り上がる。
「ほぅ?」
「それは強大な武力でも、類稀なる商いの才でもなく…」
宗伯の視線が上座の信長の隣へ、ついと向けられた。
突然向けられた視線に、朱里は小さく目を見開く。
「……えっ…私?」
宗伯は穏やかに微笑んだ。
「はい、奥方様にございます」
またもや広間が騒めく。信長の前で、断りなく朱里に視線を向け、更には話し掛けるなど、あまりにも大胆だった。
だが、宗伯は構わず続ける。
「織田様のご名声とともに、奥方様のお噂もまた、博多まで届いております」
「……噂とは?」
信長の問いは短く、静かだった。
「織田様の奥方様は天女のようにお美しく、ご寵愛を一身に受けられている御方だと。織田様は奥方様を城の奥深くに大事に囲われていて、滅多にお目にかかれぬと聞いていたのですが…」
「そ、そんなこと……」
宗伯の言葉に、朱里は困ったように目を伏せる。
頬がじんわりと熱を帯びるのを感じながら、どう返答してよいのか分からず口籠もる。
そんな初々しい反応を見せる朱里を見て、宗伯は柔らかく目を細めた。
「これはご謙遜を。実際にお目にかかれば、噂以上にお美しい。先程から密かに見惚れておりました」
広間の空気が凍り付く。
これはまずい、と家臣達は思わず息を呑む。
いくら博多でも指折りの豪商とはいえ、信長の前で朱里の美貌を褒め立てるなど無謀にも程がある。
案の定、信長の瞳がすっと細められた。
「宗伯」
低く響いた声に、広間に寒々とした空気が漂う。
「はっ」
「貴様、俺のものを随分と熱心に見ているようだな」
ぞくり、と背筋が震えるような威圧感である。
しかし宗伯は動じることなく深々と頭を下げる。
「これはご無礼を。ですが私は商人ゆえ、美しく価値あるものを見れば目を奪われるのは性でございます」