第29章 カモミールの庭で
「美味しい…!」
シェリー酒を飲んだのは初めてだったマヤは目を丸くする。
アペリティフらしくさっぱりとした辛口ではあるが、艶々とした大粒の梅の実が甘い風味を添えて素晴らしい相乗効果を生んでいる。
「あぁ、悪くねぇ」
マヤのはベースのシェリー酒が軽めのものだが、リヴァイのそれはアルコール度数も高い濃厚な味わい。不思議なことに軽くても重くても梅との相性が良く、これから訪れるであろう美食を待ち受ける胃袋を心地良く刺激して、より一層の食欲を増進させるのだ。まさに完璧なアペリティフ(食前酒)。
「兵長、この梅の実はいつ食べたらいいんでしょうか?」
「いつでもいいんじゃねぇか? 酒の途中でも飲み終わったあとでも。好きなときに食えばいい」
「じゃあ、食べちゃおうっと」
マヤはシェリーグラスに添えられていた小さな金色のピックで、まだグラスの半分ほど入っているシェリー酒にその身を沈めている梅をプツっと突き刺した。
「種はないって言ってたから、このまま食べちゃっていいんですよね?」
「そうだな」
なぜか口元を凝視してくるリヴァイの視線が気になりながらも、マヤはピックに突き刺した梅をひとくちで口に入れた。
………!
口に入れた瞬間にふわっと熟成した梅の実の香りが鼻に抜ける。そのまま噛みしめれば、やわらかい果肉からじゅわっとシェリー酒があふれ出てきて。爽やかな辛口のフィノと完熟梅の甘さのバランスがちょうど良く、口の中いっぱいに広がる幸せな気持ち。
「兵長、美味しいです…!」
久しぶりに会えたリーゼのすすめてくれた素敵なお店。ランプの明かりに照らされた酒瓶が目の前で煌めくカウンター席で大好きな人と二人。
辛口ながらも甘い完熟梅のおかげで飲みやすいアペリティフで、もうほろ酔い気分のマヤは、仄暗いセピア色の店内でもそれとわかるくらいに頬を赤く染めて。
……なんて綺麗なんだ、マヤ…。
リヴァイはマヤの顔から目が離せない。
食前酒を口に含んで艶々と濡れているくちびるが、梅の実を迎え入れようといつもよりほんの少し大きくひらいただけで。
ただそれだけなのに、梅の実になって今すぐマヤのくちびるを舐めまわしたい、口内に侵入して暴れまわりたいという欲望に駆られてしまうのは何故だろうか。