第2章 桜の前
別に、叩かれたり説教されたりするくらいで臍を曲げるほど、私の器は小さくはない。
臍を曲げる…まさしくそのような感覚だ、今。
いや、正確に言えばそうじゃなくて…
「は、契約破棄っておま……っ、おい!?何だ、どこに行くつもりだよ!?」
『帰るっつってんじゃない、これ以上聞かないで。鬱陶しい、口説い、面倒臭い』
「は、はぁ!!?…ちょ、……おい、リア!!!」
『私今から改名するからよろしく〜』
手をひらひらと振って、そのまま。
拠点を出て、道を歩く。
ああいけない、帰り道わかんなくなっちゃう。
…誰のところに戻ればいいのか、わからなくなっちゃった。
だって、あの人は私の…私の、居場所だって。
「おや…?……そこのお嬢さん、お一人かい?」
『…何、胡散臭そうな人』
「心外だなぁ…私は胡散臭くなどないよ。ただの自殺愛好家」
『言っとくけど、心中とか死んでもするつもりないから』
やけに長身の…首から下に包帯を巻いている男の人。
私はこの人を知っている。
「何、久しぶりの再会なのに連れないねぇ…私は嬉しいのになぁ」
『冗談。数回会ったくらいでなんでそうな風に思えるのかしら?女好きの太宰さん』
「あらら、それ聞いちゃう?…一人で歩いてちゃ危ないんじゃないの、先祖返りさん」
『昼間だから平気よ。馬鹿なのかしら』
「あ〜〜〜っ、またそういうところが…っっ」
あーでたでた、変態。
何年か前の方がよっぽどマシだった気さえするわ。
だがこの人…太宰治は、一見…どこからどう見てもただのドMにしか見えない、極めて残念な残念なイケメンさんなのだが。
腹の中ではかなりのSっ子だって、私はよぉく知っている。
どこぞの帽子置き場とそっくりじゃないの。
「で、結局マフィアに入ったんだ?せめてそれなら、あの時入ってればもう少しいっぱい一緒にいられたのに」
『ストーカーは間に合ってまーす』
「…あらほんと、もう目付けられてるね?あの森さんが、君みたいな子に護衛もつけてないみたいだけど…どういうことか説明してくれる?」
『専属の自称シークレットサービスが私の中で死んじゃいそうになったのよ、ついさっき。だからいいの…死んじゃう前に、なかったことにするの』
イライラした…怒った。
いや、そうじゃあない。
「…目、潤んでるけど?」
悲しかった…それだけだった。
