第2章 桜の前
翌朝。
快眠というものを久しく味わった私の目の前には、ちゃんとその人がいてくれた。
いつの間にか眠っていたらしい私に腕を回した状態のまま、布団の中にちゃんと入っていてくれた。
無防備な表情を晒したまんま。
『…あの、…動けないんです、けど』
「ん…、もう少し寝かせろ…」
抱き枕にするかのように、もぞ、と動いて更に腕を回される。
もしかして寝惚けてるこの人…?
弱いところに触れる腕が擦れて、ビクリと体が震えるものの、当の本人に起きる気配は無さそうだ…まあ、まだ朝の五時台だしね。
あまりにも普段から眠らなさすぎて早く目が覚めてしまったらしい。
本来起きるのは八時くらいでも構わなかったのに。
『あ、の…腕…』
もう一度言おう。
この男、起きる気配どころか起きるつもりが微塵もない。
随分と優秀な体内時計ではないか。
『わ、脇腹…と背中、そんなに強くないんですけど、あの…っ』
「だぁから、もう少し寝かせろっつの…」
『…、…せ、セクハラ幹部って呼んでいいですか…?』
「だァれがセクハラ幹部だこのやろ…抱き心地いいんだから仕方ねぇだろ、諦めて『よ、弱いとこあんま触れられるのは、その…』弱…い、とこって…」
ようやく意識が覚醒してきたのだろうか。
逞しいその腕で触れているところを確認して、きょとんと私にやっとその目を向けてくれた。
『…せめて、その…あんま動かさないで、下さい』
「……悪い、少し記憶消してくるわ」
『え…?』
急に真顔になって、彼は私からそっと離れ、部屋を出る。
すると凄まじい音と共に微振動が伝わり、また彼が部屋に戻ってくる。
「あー…変なところ触られなかったか」
『…目の前で変人上司が頭血だらけになってる方がよっぽどやばいと思うんですけど』
「なんの事かさっぱり分からねえな。巷で噂の壁ドンとやらを試してきただけだよ俺は」
頭でか。
そうか、頭突きをしてきたのか。
『……おはようございます?』
「…おはようございます」
『…そんなに抱き心地よかったんだ?』
「……やましい気持ちは、無かったんだよ」
『分かってるから落ち着いて。やましい気持ちあったら胸くらいなら揉ませてあげてもいいから』
「お前それ絶対別の奴に言うなよ真に受けっから…」
本当に、そういうつもりはないらしい。
なんだ…ただの、いい人じゃん。
