第114章 安室1※
ポケットに収まる彼女の手の感触を感じながら、さっきまでの出来事を思い返していて。
・・・彼女の様子から察して、こちらの心配は杞憂のようだけれど。
「怖く・・・ありませんか?」
「へ・・・?」
念の為、単刀直入に確認もしてみた。
震えは治まっているようだが、こちらも手荒なことをした直後な為、この握られる手は彼女にとって恐怖かもしれない。
「・・・大丈夫、みたいです」
「それなら良かった」
そう思っている可能性は低かったが、案外平気そうな声色で返されれば、こちらも安堵が表情に出て。
「・・・・・・」
それから他愛のない会話をしながら歩く時間は、現実ではないように感じた。
あまりにも平和的で、僕にとっては非日常的で。
駐車場について離した手が、こんなにも名残惜しいなんて。
今まで感じたことが無かった。
ー
事務所は彼女が来た時のまま、現場保存でもされているように何も変わっていない。
「・・・お邪魔します」
そこに足を踏み入れながら、遠慮がちにそう言う彼女に、思わず笑みが零れた。
「ただいま、でも良いんですよ」
実際は、休まる場所ではないかもしれないが。
彼女にとって少しだけでも、安心できる場所になれば。
・・・今では、そう思っている。
「た・・・ただいま・・・」
「おかえりなさい」
小さな声で言い直すひなたさんに、笑顔でそう返事をした。
ただいま、と言って返事が来る方が嬉しいものだと思っていたけれど。
・・・おかえり、と応える立場も悪くないものだ。
「何か温かいものでも入れましょうか」
「あ・・・、手伝います」
彼女の荷物を部屋の隅に置くと、キッチンへと向かう僕の後を彼女が追いかけてきて。
「ありがとうございます、ではそこにあるマグカップを出していただけますか」
「分かりました」
彼女のような人は、断っても罪悪感を覚えるだけだ。
それであれば、最初から小さな手伝いを申し出るのが得策で。
・・・それに、彼女には見せておきたいものもあった。
「これ・・・」
それに気付くと、彼女は手に取りながら顔色を少し明るくした。
色違いの、お揃いのマグカップ。
ここまでする必要もないかとは思っていたが、風見に用意させたもので。