第3章 後編
次の日。
先日と同じ宿で寛いでいた二人の耳に、コンコンとノックの音が届いた。
アーデンがドアを開けると、そこに立っていたのは昨夜の近衛兵ではなく——仕立ての良い黒服を着た従者であり、銀の盆に封蝋つきの封筒を載せていた。
「王城よりお迎えに参りました。外に馬車をご用意していますので、どうぞご準備を」
従者は深々と一礼して去っていった。封を開ければ、晩餐の会場は王城の東棟、私的な晩餐室とある。
正装でなくとも構わない旨の但し書きも添えてあったが、王族との食事に構わなくていいわけがない。
「あぁ、そういえばテーブルマナーの本を借りてくるのを忘れましたね」
人生で初めての正装をしたユーリは、鏡の前でやや落ち着かない様子でぼやいていた。
「まさか本を読みながら食事をするつもりだったの?」
「それ以外にどうしろと」
ユーリは今更ながら承諾したことを後悔していた。
アーデンは元王族なので、マナーなど何も困ることはないだろう。
現に一緒に食事している時も、その身のこなしは染みついており、素人目から見ても完ぺきだった。
そして当然ながら正装も様になっている。
ユーリのため息は止まらなかった。
「正装じゃなくても構わないって書いてあるし、いつも通りで大丈夫でしょ」
「…はぁ、住んでいる世界が違い過ぎて胃が痛くなってきた」
いっそのこと仮病でも使おうかと、どこか現実逃避しているユーリは、ふと背筋にゾクリとする悪寒を感じた。
鏡越しにアーデンへ視線を向ければ、表情は笑っていたが目が笑っていなかった。
いやそんな、仮病で欠席することに怒らなくても。
ユーリはそう思い顔をひきつらせだが、そういえば先日、上の空で返事をしていた時も、嫌な空気を感じた気がした。
生きてきた環境も、立場も、違うところは多々あるし、ユーリに至っては人かどうかも怪しい部分がある。
しかしどれも今更なことであり、それを理由に離れようとは思っていない。
ただ、愚痴の一つも零したくなるのは許して欲しいところだが、果たして彼は分かっているのだろうか。