【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第6章 冬霞
“千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす”
それは江戸時代初期の大剣豪が残した言葉だが、若利はまさにそれを体現しているかのようだった。
ただただ好きで、好きだからこそ、剣の道に励む。
光太郎が不貞腐れて道場から出て行ってしまった後も次々にやってくる門下生たちと手合わせをする若利は、以前に牛島邸で会った時よりもずっと生き生きとしているように見えた。
きっと彼は生粋の“剣道馬鹿”なのだろう。
だが、さすがに十五人と対戦したら疲れたのか、滝のような汗を拭きながら八重の方へ歩いてきた。
「八重、一人か?」
「若利様」
「いくら熱気が籠っているとはいえ、ただじっとしているのは寒いだろう」
「いいえ、大丈夫です。それより先ほどの光太郎さんとの勝負、お見事でした」
「ああ、さすが木兎だ。あいつほどの剣士はそういない」
自分が勝ったことを威張るわけでなく、むしろ光太郎を称えているところを見ると、ライバルとしてかなり認めているようだ。
多くの門下生を抱える日本有数の剣道道場でも、若利の相手を満足にできる人間は多くないのだろう。
「できればもう一勝負したいのだが、木兎がどこに行ったか分かるか?」
「こ、光太郎さんですか?」
“クソ!! やっぱりウシワカの方が上なのかよ!!”
光太郎のあの様子では、もう一度若利と勝負をする気にはなれないだろう。
八重は“えーと”と言葉を濁してから、曖昧に微笑んでみせた。
「た、多分、厠でしょう。稽古前に随分と差し入れをつまみ食いしていたようですから」
「腹でも下したか。ならば、白布に薬を持ってこさせよう」
「いえ、大丈夫です。赤葦がついていますから」
「そうか」
こうして若利と会話をしていれば、黒尾や天童あたりが茶々を入れてきそうなものだが、二人は少し離れたところからそれぞれこちらを眺めているだけ。
不思議と何かを言ってこようとはしないし、白布もあえて邪魔をしないように道場の隅で控えている。