愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第12章 以毒制毒
和也side
雅紀さんがこの部屋を出て行ってから、数分は経っただろうか‥
その間も智さんは酷く取り乱す様子もなく、寝台の端に腰をかけたまま、時折首を小さく振っては、震える声で、
「どうして‥」
と、繰り返すばかりだった。
表面上は平静を装っているようにも見えるけど、その心中はきっと当惑に満ちているに違いない。
当然だ‥
目の前で人が刺されたんだ、平常心でいられる方がおかしい。
「お茶でも入れましょうか?」
浅い呼吸を繰り返す口の中は、恐らくからからに渇いている筈だ。
俺は翔坊ちゃんのために用意してあった水差しから硝子の器に水を注ぐと、智さんの前に膝を着き、小刻みに震える手に握らせた。
「さ、これを飲んで少し落ち着きましょ?」
俺は器を握った智さんの手を支えながら、それを口元までゆっくりと運ぶと、僅かに開いた唇に宛てた。
こくり‥、と微かな音が鳴って、智さんの喉が上下する。
良かった‥
一瞬安堵するも、未だ色を失くしたままの顔と、青ざめたままの唇に、一抹の不安を感じずにはいにはいられなかった俺は、許される事じゃないと分かっていても、智さんの隣に腰をかけ、波打つ背中をそっと撫でた。
そうすること以外に、俺が出来ることはないから‥
それにしても遅い‥
雅紀さんが出て行ってから、もう随分と経つのに、待てど暮らせど一向に木戸が叩かれる気配はない。
下で何か大変な事でも起きているんだろうか‥
漏れ聞こえる音もない状況では、外の様子を窺い知ることすら出来ない。
俺は智さんが落ち着いているのを確認してから、静かにその場を離れた。
その時、
「私だ…鍵を開けてくれるかい」
木戸を叩く音が聞こえて、俺は木戸に駆け寄り、中からかけた鍵を外した。
声の主は、確かめるまでもなく雅紀さんで、俺は僅かな時間の間にすっかり憔悴してさしまったその顔を覗き込んだ。
「雅紀さん…、大丈夫ですか…?」
「ああ、私は大丈夫だ…、それより智の様子は?」
智さんの様子を案ずる雅紀さんに、俺はなんて答えて良いのか分からず、そっと道を開け、雅紀さんを部屋の中へと招き入れた。