第3章 2 暖かな黒の中で
態々馬車なんてものを用意するのも煩わしく、一人馬を走らせていた。
日の上りきった穏やかな街を黒一色の男が馬で駆ける姿は異質そのものだが、今はそんなもの気にしていられる状況ではない。
城までそう遠くない距離、俺は一人の女性の事を考える。
昨夜屋敷の前に居た彼女は、記憶が無いという。
記憶がない、にしては不自然な常識の把握。その身なり、そして底知れぬ魔力量。
昨夜の段階ではまさか、とは思ったが今日話してほぼ確信を得た。
彼女が天女だという可能性が高い。
しかし、知らされていた天女の情報とは著しく異なる部分があった。
まず、天女の象徴である白い髪と、触れた物質を生命エネルギーへ変換させるという能力は彼女からは見られなかった。
それは、彼女が天女ではないという事なのか、それとも何らかの理由で今はその能力が現れていない、ということなのか、恐らくそのどちらかだ。
覚醒前、という状況なのだとしたら厳重に注意し、万が一その能力が現れた時の対策を考えなければならない。国家レベルでの対応となる為に、流石に自分一人で対処出来る問題じゃない。ましてや、彼女を俺一人で匿うだなんてことは恐らく叶わぬ夢だ。
昨夜から今この瞬間まで、彼女の事を監視させて貰っている。
小さな手鏡に映る彼女は今、部屋の本を必死に読んでいる。
朝、目が覚めた彼女が声を圧し殺して泣いていたのには心が痛んだ。
昨夜見た彼女の魔力の強さから、念のため監視を付けておいたのだが予想とは反し、彼女は余りに無知だった。
勿論、悪い意味ではない。本当に、その瞳は汚れすら何も知らぬのだ。
魔法を知らずしてあの魔力値はありえない。
本来、天女から人間へ与えられた魔力はその側で力を得た王族、貴族だけのものだ。それがこの世界の常識を尽く理解していないとなると、理由は絞られる。
魔力の強い者はその家の後継者として育てられる為、隠し子として扱われることなどあり得ない。
後天的に魔力が上がる術も存在するが、恐らくそれも可能性として低い。
ならば、忽然として彼女がこの国に現れたという事になる。
何よりあのユウェルドラークの卵と契約を結んでいた事が、最たる証拠だろう。