第3章 2 暖かな黒の中で
「……アンリ、アンリ」
「、っえ、あ、なんでしょう?」
「まだ、外に出るのは早かったかもしれないな……馬車は馴れていないようだしね。」
話し掛けられていたことに気が付かなかった私の目の前には、申し訳なさそうに眉を下げるハイデスさんがいる。
今日は初めて私が街へ出る日だった。
あんなに楽しみにしていたのに、私の頭の中を廻るのはあの記憶。
夢を見ていたのだろうけれど、いつ眠りについたのか記憶がない。体調が可笑しくて、苦しかったのは覚えているけど、その時の感覚を思い出すと……何というか、いやらしい気分になってしまって何度も意識を戻そうとする。でも、何故かハイデスさんの声を聞いていると昨日の夢の中のことを思い出してしまう。
「昨夜から体調が優れないんだろう?今から戻っても良いんだが……なぁ、ジェイド」
「ええ、お嬢様のお体は何よりも大切ですから。無理はなさらないで下さいませ。」
「そんなっ、大丈夫です!えっと、あの……そう、ドラークの子が心配で、その……」
咄嗟に出た言い訳にあの子を使ってしまったことを後悔しつつ、私はまた視線を落とした。
そう、昨夜は体調不良でベッドサイドで倒れていたところをメイドさんが助けてくれた、らしい。
朝、その話を聞いたハイデスさんがひどく心配してくれて、今日の予定を延期しようかと持ち掛けられたのを私が無理に押し切ったのだ。
だって、お屋敷にいてもその事ばっかり考えちゃいそうで、寧ろじっとしていられなかったんだもん。
窓を流れる景色に目を向けながら、やっぱりそわそわしている自分に嫌気がした。
「……少し、心配だからこうしていようかな。」
声がした方へと目を向けると、めのまえにいる筈のハイデスさんがいない。
あれ、?
そう思うと同時、私の身体を支えるようにスルリと腰に回された腕がハイデスさんのものだと理解するのにそう時間はかからなかった。
「アンリは細いな……食事はしっかりと取れているかい?」
ガタガタと音を立てるも、柔らかな敷物が敷かれているお陰であまり揺れは感じない。
その為か、触れた相手の腕の感覚を、よりリアルに感じてしまう。
「ひゃっ、な、なに……?!」
ビックリして咄嗟に立ち上がりそうになるも、かなう筈もなく私はその逞しい腕の中に更にしっかりと抱き締められてしまった。
