第5章 【伊武崎峻】言えなかったこと
まだお互いの母親と連れ立って夏祭りに来ていた時のこと。
わなげの出店で、峻が選んでくれたおもちゃの指輪の景品。
真ん中にピンクのハートのイミテーションが埋め込まれたそれは、今の私の指には小さすぎて、机の引き出しにしまったまま。
「さんは?なにが好き?」
二人の会話を聞いていた木下くんが、不意に私に問いかける。
あまり聞かれることのない質問だけど、私の答えはずっと同じ。
「んー、金魚すくい、かな」
「お祭りと言えば、だよね」
「そうだね。木下くんはなにが好き?」
こっちを見ながら微笑む木下くんにそのまま同じ質問を返したのは、その場をつなぐためだった。
「僕も金魚すくいかなぁ。魚のひれが揺れてるとこ、見るの好きなんだ」
だから、好きなものとその理由が私と同じだなんて思ってもみなくて。
普段から読んでる本の趣味とか、なんとなく近しいものは感じていたけど、こんなことあるんだって思わされる。
私に向けられてる感情がどんなものかまではわからなくても、そこに特別ななにかが含まれているのはなんとなくわかっていて。
「そうなんだ」
きっと、こういう偶然みたいな共通点に心ときめいて、恋に落ちることもあるんだろうなって。
「私も……」
「っ!」
どこからか聞こえた自分の名前と、左手に感じるぬくもりで誰かに手を握られていることだけがわかる。
「は?お前誰だよ」
蜂谷くんの驚きに染まった言葉がその場に落ちて、私はようやくその人物を視界に入れた。
「ぇ、峻くん?」
前髪で隠れた瞳はあの頃のままなのに、少し背が伸びている気がして、置いていかれた気持ちになる。
だけどそんなことよりもっと、強く握られた左手が熱くて、泣きそうになるのはなんでだろう。
「こいつ、俺のだから」
その言葉をちゃんと理解するより先に、峻の右手に引かれてその場から歩き出していた。
後ろから聞こえる蜂谷くんと茜の声を無視して、人混みを縫っていく峻の背中だけを見つめる。
ゆっくりとした足取りで、迷うことなく進んでいく峻は何も言わない。
だからこそさっきの言葉が耳の奥で響いて、舞い上がってしまいそうになる自分を必死で抑えた。
ふと見上げた空はお祭りの明かりのせいで真っ暗で、何もわからずに手を引かれている私みたいだった。
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