第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
結局その日、母さんと綾ちゃんが
どんな話をしたのか、
俺は全くわからないままだった。
おそるおそる帰ったら、
母さんはいつも通り仕事に行ってて、
俺はいつも通り、外の家族と晩飯食って。
家に帰って一人になってから、
何度も何度も、
綾ちゃんに連絡しようと思ったけど、
出来なかった。
あの弁当箱に詰められていたのは
綾ちゃんの最後の気持ち、
…さよなら、の言葉の代わりに託した
想い出の全てだったんだろう、って
俺は、受け取ったから。
何にも出来ない俺だからこそ、
せめて今度こそ、
綾ちゃんの決意を壊すようなことは
しないでおこう、って。
翌日の朝、目が覚めたら、
いつも通りの母さんが、いた。
仕事帰りの華やかな雰囲気のまま、
ガッツリとした弁当を作ってて、
朝飯を食べる間も、
前の日に、
綾ちゃんと話しあったりなんて
全くしてないみたいに普通に、
テレビの話とか知り合いの噂話とかを
いたって普通に話してて。
…その普通こそが不自然なんだけど、
俺からはもちろん何も言えるはずなく。
前より少し、息苦しい思いをしながら
俺も普通の顔をして過ごした。
…おかげで、受験勉強の追い込みが
予想以上にはかどって、よかった。
この家にいるから、
いつまでも親の世話になってるから、
この街にいるから、
あちこちに想い出があるから、
あちこちにしがらみがあるから、
こんなに息苦しいんだ。
早くここを出て、独り暮らししたい。
そのために、
ちょっと背伸びしたランクの第一志望に
なんとかして合格したくて、
それから1ヶ月、
かなりのペースで勉強した。
…わかってる。
進学も独り暮らしも
母さんの支えがあるから出来ること。
俺一人じゃ、なんも出来ないこと。
わかってっけど、
悔しいけど、
とにかく、今は、ここから離れたくて。
母さんの顔を見るたびに
『あの日、綾ちゃんと何を話した?』
『母さんと綾ちゃんは、
俺のせいで親友じゃなくなったのか?』
『綾ちゃんは元気なのか?』
…ってことが気になってたまらないから、
母さんの顔を見なくてすむところへ
とにかく行ってしまいたかった。
俺がそんなマイナスなことばっかり
考えて迎えた時期の、ある朝。