第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
「梨央ちゃん、まだ仕事あんの?」
「ううん。もうこれで上がる」
「じゃあちょっとだけ、飲み行かね?」
久しぶりに会ったんだし、何かもう少し話したい
「てっちゃん明日は…」
梨央ちゃんがそう言いかけたところで、耳をつんざくようなデカイ声で空気を遮る奴。
「あー、ごめんっ!俺ちょっと用事!」
木兎が申し訳なさそうに手を上げる。
「何?お前が乗って来ないなんて、珍しいじゃん」
「この前合コンした女の子とちょっといいカンジなんだよ!用事済んだら電話することになってんの。梨央ちゃん、またね!んじゃ、お疲れ!」
鞄を持って、木兎はバタバタと店を出て行ってしまう。
一気にシーンと空気が静まり返った。
「嵐のような人だね…」
「うるせーだろ?」
俺が悪態をつけば、フフッと笑う。
こちらを見上げた梨央ちゃんは、改めて俺に聞き直す。
「てっちゃん、明日は休み?」
「うん。梨央ちゃんは…」
あ。飲食店だから、土日は仕事だよな。
時間ももう遅いし無理させるのは悪い。
「やっぱ、また今度にするか」
「え?行かないの?」
ビックリしたような、梨央ちゃんの顔。
「え…。えと…いいの?仕事…だよな?明日」
俺に合わせて無理してねぇ?
「だって久しぶりに会ったんだもん。もっと話したいよ」
ケロッとした顔で梨央ちゃんは笑う。
同じだ。
梨央ちゃんも、同じように思ってくれてんだな。
じゃあここは遠慮せず…
「行くか?」
「うん。着替えてくるから待ってて!」
梨央ちゃんは跳ねるようにして厨房へ戻って行った。