第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
思わず名前が口からこぼれた。
ほとんど無意識に。
呼ばれた彼女はと言えば、コーヒーを差し出したままの手を引くこともせず、ジッとこちらを見ている。
数秒の沈黙。
そして―――
「わあっ!てっちゃん!?」
梨央ちゃんは驚いた顔でまじまじと俺を凝視した。
「え?わ!ええ!?何でここに!?わっ……」
余程驚いたのか、コーヒーを乗せてきた木製の丸いトレイを落としてしまう始末。
コロコロ俺の背後まで半円を描き転がっていく。
「もう…ビックリし過ぎでしょ」
半笑いで立ち上がり、ソレを拾ってやる。
改めて梨央ちゃんの前に立ち、ゆっくりトレイを差し出した。
「はい、どうぞ」
パティシエの格好が様になってる。
久しぶりに見た梨央ちゃんは、やっぱり梨央ちゃんのままで…
嬉しくて思わず口元が緩む。
俺を見上げてくる梨央ちゃんは、驚いた顔を今度は満面の笑みに変えた。
「てっちゃん、久しぶり~っ!」
大きく腕を広げる梨央ちゃん。
昔、研磨によくそうしていたように。
梨央ちゃんは広げた腕を勢いよく、俺の胴体にギュッと回して抱きついた。
「……!」
それはほんの一瞬。
外国人の挨拶のようなハグ。
でも梨央ちゃんが俺にこんなことをしたのは初めてで……。
その一瞬で、俺の心臓は驚くほどに跳ねた。