第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
そっか…。
今からプロとして働くんだもんな。
「梨央ちゃんが作るフォンダン・ショコラ、食ってみたい」
フォークを口元に当てたまま、パチパチと長い睫毛を上下させて俺を見る。
「うん。私も食べてもらいたい。頑張って腕磨くから、またいつか、ね」
小さな約束。
それはどちらかが忘れてしまうような、ほんの些細な約束。
梨央ちゃんは……覚えていてくれるだろうか。
店を出た俺たちは、二人で帰り道を行く。
遊歩道の桜並木の枝には、膨らみを増していく蕾。
子どもの頃から何度も見てきた風景だ。
梨央ちゃんはそれを見上げながら、ゆっくりと歩く。
ポニーテールがなびいていた夏の日。
セーラー服の背中で揺れる黒髪のストレート。
空気を含んだようなふんわりとしたロングは、色をブラウンに変えた。
少しずつ先を行く梨央ちゃん。
俺との距離は埋まらない。
住んでいる場所はこんなに近くても、その存在は遠い。
彼女は足を止めた。
「じゃ、ここで」
「仕事、頑張ってな」
「うん。またお正月とかには帰ってくるし。てっちゃんも勉強、頑張ってね」
「ああ、じゃあ」
また―――。
特別な言葉はなく、まるでいつもと同じように手を振りながら、俺たちは別れた。