第6章 真珠を量る女(ロー)
時間にすれば10秒もなかっただろう、触れるだけのキス。
「・・・・・・・・・・・・」
二人の唇が離れると、ローは親指でクレイオの眼窩をなぞった。
「ねえ・・・」
クレイオは明らかに戸惑っていた。
しかし、その瞳に不快の色はない。
「これは・・・どういう状況?」
珀鉛病を打ち明けたあとクレイオに抱きしめられたローと、同じ言葉を口にする。
するとローは微かに笑みを浮かべた。
「考えるよりも先に身体が動くということがあるんだろ」
「そういうタイプの人間ではないと言ったのは、貴方自身よ」
キスをしたのは、間違いなく衝動的だった。
クレイオの過去に触れ、自分のそれと重ね合わせた瞬間、感情の波に突き動かされたかのように彼女の唇に触れていた。
「勘違いさせねェために、一応謝っておいた方がいいか?」
「そうね・・・謝ってくれる? 貴方が“勘違い”しないように」
どこまでも肝の据わった女だ、とローは口の端を上げた。
外科医として患者を手術する時、“絶対に助けられる”という保証はどこにもない。
心臓を扱う時は特に、1ミリの手元の狂いが患者の命を奪う。
“死んで当然”の人間を救おうというのだ、手術という行為自体がそれだけのリスクを伴う。
そもそも、医学の知識と技術は幼い頃から学んでいたが、医者になったのは自分が生き延びるためだ。
誰かを助けようという崇高な気持ちでなったわけではない。
だからなのだろう、ローは普通の医者が尻込みするような手術でも、薄ら笑いを浮かべながらメスを握る。
そんなローの手術を手伝ったべポが以前、こう漏らした。
“キャプテンの血管には血じゃなくて氷が流れているんじゃないのかな”
まるで殺すように患者を切り刻んでいったローに、一切の慈悲深さは無かった。
むしろ、人間の身体を切り開き、臓物を意のままに“細工”できることを楽しんでいるようだった。
“死の外科医”
そう呼ばれることになる男に、純粋なべポは尊敬と友情を込めた眼差しを向けていた。