第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「そッれぇっだめ…!」
甘く否定する声は、杏寿郎にとっては気持ちがいいと喘いでいることと同じだ。
それでも逃げるように蛍の体がシーツに沈むが故に、力なく横たわる腕を掴んでいた。
「ん、あッ…!?」
ぐいと強く引き上げ、己の上半身も起こす。
両腕を後ろに引き上げられて強制的に蛍の体や腰も上がる。
無防備に浮く桃尻に、ぱんっと腰を打ち付ける。
今度は望むところに自身を打ち込められれば、逃げ場を失った蛍の体が反り上がった。
「ひッ…あ…!」
喉が引き攣る。
弓なりに背は反り、ぷしりと蛍の陰茎が潮を吹いた。
「そこ…っはぁ…!」
「ここだな…っ」
腸の奥へと扉をこじ開けるように突き進んだ時とは違う。
蛍の声と体が一際鳴く、その一点を浅くも深くもなく小突けば、更に蛍は潮を吹いた。
そこが男にしかない前立腺という生殖器の一つだということを、蛍も杏寿郎も知らない。
ただ快楽に導かれるままに責められれば、蛍の声は高くも甘い響きを成した。
目の前の艶やかな自分だけの金魚が溺れゆく。
その様に夢中になっていれば、揺らぐ鰭は目の前だけではないことに気付いた。
「は…っ見てみろ、蛍」
「ぁうッあ…っ?」
杏寿郎の視界に映り込んだ、艶やかに揺れるもう一つの体。
寝室に踏み込んだ時は既に薄暗かった為、気付いていなかった。
蛍の片腕を掴んだまま、もう片方の手で胸を支えて持ち上げる。
ふらふらと覚束ない膝立ちの蛍の後ろから支えて、視線を自分と同じところへと導いた。
寝室の壁際。
其処に立てかけてあった姿見に、あられもない二つの裸体が映り込んでいる。
特に強く視界に主張してくるのは、後ろから杏寿郎に抱かれている蛍の姿だ。
乱れて肌に張り付く髪も、快感の涙を称えた瞳も、喘ぎ濡らした半開きの唇も。
その下で頂点を花のように赤らめた胸も、とろとろの愛液で濡らして天を仰ぐ陰茎も。
余すことなくその全てを、鏡の前に晒していた。
「なんとも艶やかで、そそる姿だ」