第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「杏寿郎となら…杏寿郎が触れてくれるなら…なんだって嬉しい、し…気持ちいい」
ぽそぽそと照れ臭そうに告げてくる蛍の声はいつもより低い。
なのに不思議と甘く耳には響くのだ。
聞き慣れた蛍の愛を囁く声を思い出して。
「ああ」
そんな蛍を愛おしげに見つめて、杏寿郎はそっと頬を片手で包み込んだ。
「では蛍の楽な体制でしようか。これだと蛍の顔がよく見えるが、君はどうだ」
「ん、と……ちゃんとした、足場が欲しいかな…」
「よし」
杏寿郎に全ての体重を任せてしまう対面座位は、密着感はあるものの深く挿入してしまうのはまだ少し怖い。
遠回しにそう伝えれば、裏のない顔で杏寿郎は一つ返事に笑った。
「蛍、一度抜くぞ」
「んっ」
「後ろで繋がるなら、向き合うよりこちらの方が楽だと聞く」
「ぁ…杏寿、郎?」
「蛍、両手を前についてくれ。そうだ」
四つん這いにさせた蛍の背後を取り、いつもより広く見える背をゆるりと撫でる。
つつ、と背中の中心を縦になぞれば、くびれのない腰が猫のようにしなる。
体系は違っていても、やはり随所で脳裏に過るのは今まで数多に抱いてきた蛍の姿だ。
名残りを残すその体は形を変えて尚、二人のまぐあいを刻み込んでいる。
「ん…っ杏…」
そんな些細な反応も愛おしくて、恭しく背中に口付けた。
「やはり君は体の線が一つひとつ、とても綺麗だ。空気に縁取るところ全てに触れていたい」
「は…なに、言って…」
暗がりの静かな空気の中。蛍の体だけが妙に艶めいて浮き上がって見える。
蛍が抱かれる時に魅せる、たおやかで瑞々しい姿。
いつまででも見飽きはしないし、ずっと記憶に刻んでいたい。
しとりと肌を湿らすように口付けを繰り返しながら、柔らかな桃尻を撫でる。
ここの柔らかさは変わらないものなのだなと思いながら、緩く開いた蕾の入り口に自身を当てがった。
「ぁ…」
小さく震えるその声は、期待か恐怖か。
なるべく負担にならないようにと己の体重を支えながら被さるように肌を重ねて、杏寿郎はゆっくりと腰を進めた。