第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「……」
思わず黙り込む。
それのどこが待ったをかける程悪いことなのだろうか。
気持ちがよかったのならそのまま翻弄されてくれればいい。
そんな欲に塗れたドス黒い想いが滲み出そうになって、はっとした顔を杏寿郎は横に振った。
いけない。
蛍は恐らく未知の快感故に待ったをかけたのだ。
初めてのものは誰だって怖いもの。
(となると、この行為が不慣れではない蛍のことだ。慣れないのは責められた場所ではなく、責められた身体にあるのだろうな)
後孔での快楽に戸惑ったのではない。
男の体が受ける快楽に戸惑ったのだろう。
ふむ。と一人結論付けた杏寿郎は考え込んだ。
男女での交わりなら、学べるものは全て頭に叩き込んできた。
完璧とは言えないにしても、それなりの知識はあるつもりだ。
しかし男同士の交わりとなると、とんと知識はない。
蛍も無くて当然のもの。だから戸惑いを隠せなかったのだろう。
「ならば、二人で勉強だな」
「…勉強?」
「俺も男の体を抱いたことはない。蛍も当然ながらその体で抱かれたことはないだろう。共に初体験という訳だ」
「初…体験…」
にこりと笑って告げる杏寿郎に他意はない。
それでも蛍の顔はじんわりと熱を持ち、くすぐったいような恥ずかしいような。なんとも形容し難い感情に、肩を竦めた。
「蛍が気持ちよく感じるところを教えてくれ。それが未知のものなら尚更」
「ぁ…っでも、急に持っていかれる感じがするから…っ」
「初めての快感だとそうも感じるだろう。慣れていけばきっと楽しめるはずだ」
「そ…そうかな…」
一度止まった律動が、再びゆっくりと動き出す。
杏寿郎の両肩を握って構える蛍の顔はまだ少し硬い。
「俺は今この時だって楽しいぞ。蛍としか感じられない交え方ができて、俺は嬉しい」
「っ…ん…」
優しい声で杏寿郎が素直な想いを吐露すれば、目の前の強張った体からほんの少し、力が抜けた。
「…私も」