第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
膝の支えも失い、ずるりと落ちる蛍の体を受け止める。
「っふー…」
絶頂の余韻は杏寿郎にも残っていたが、深く呼吸を繋げて息を整えた。
は、は、と耳に届く蛍の乱れた息は覚束ない。
半乾きの髪を労わるように撫でながら、改めてゆっくりと身を起こした。
「ゆっくりでいい。蛍。ゆっくり、息をしろ」
「はぁ…は…」
段々と落ち着いてくる呼吸に、杏寿郎も深く息を繋ぎ続けた。
熱はまだ互いに残っていたが、今すぐ貪り喰らう気はない。
上手に気をやれたなと、加護欲にも似た愛着が湧く。
よしよしと頭を撫で続けていれば、腕の中の蛍が身を捩った。
「杏、寿郎…」
「ん?」
「いつもより…果てるの、はやい…」
「っそう、か?」
気の抜けたような声なのに鋭いところを突かれた気がして、ぎしりと体が一瞬固まる。
確かにいつもならこんなに早く己の欲望を解放したりはしない。
蛍が気をやる様を満足するまでこの目で拝んで、それからようやく共に快楽の波を昇り詰めていた。
できなかったのは、それだけいつもとは違う蛍の快楽に染まる姿に興奮を覚えたことが大きい。
(何も変わらないと言いながら、その違いに興奮するとは…不甲斐なし…)
勿論、女性の蛍を抱く度に目を奪われている。
しかし今まで味わったことのない新鮮味と衝撃のある快感に振り回されたのは蛍だけではなかった。
杏寿郎もまた、酒を煽ったような心と体が浮遊する高揚に浸っていた。
(まぁ、だが一番は…)
ふむ、と考えるように一息つく。
若干の羞恥を感じながら、眉尻を下げると杏寿郎はくすぐったそうに笑った。
「色々と戸惑うであろう蛍に、少しでも安心して俺に身を委ねて欲しかった。共に感覚を共有できれば、蛍も迷うことなく俺を見てくれるかもしれないだろう?」
のろのろと蛍の顔が上がる。
額の前髪を優しく梳き上げると、そこに己の額を重ね合わせた。
「俺も初めての行為だったが、気持ちよかった。…蛍だからなのだろうな」