第29章 あたら夜《弐》
焔色の柔い髪を掻き抱く。
いつもより下の位置で結ばれた緩やかな黄金の波をくしゃりと掻き寄せたのは、鋭い爪を持つ鬼の手。
「ん、ふく…っ」
「ほ…ッむンっぅ」
鋭い犬歯をなぞり伸びた舌が深く絡まる。
杏寿郎の口から零れ落ちるその名でさえも喰らうように。
奪い、覆い、飲み込んでいく。
足りない。足りない。これでは足りない。
嘆くように熱い舌が唾液を貪る。
舌の愛撫ではなく貪るような口付けは、すぐに口内の酸素を失くした。
足りない酸素を求めて吸い込めば、流し込まれるのは熱い吐息。
その合間に交わる体液と熱量と淫らな愛撫に、杏寿郎の喉がごくりと大きく嚥下した。
「っは…ほたる…」
つ、と杏寿郎の唇から零れた唾液が伝う。
その一滴でさえも逃すまいと赤い舌がちゅるりと音を立てて啜り上げた。
「っきょう、じゅろ」
真逆の月明り。
逆光で影を落とす蛍の顔は、爛々と血のように赤い鬼の眼だけを光らせている。
「そんなところで、気持ちよくならないで」
鋭い爪。縦に割れた眼孔。唇からはみ出す程の犬歯。
獣のような姿を成しながら、しかし蛍が向けてくるのは切ないまでの懇願。
「苛めないって、言ったでしょ」
泣きそうな声に熱が入り混じる。
はぁ、と熱い吐息を杏寿郎に零して、蛍は唾液で濡れそぼった唇を擦り寄せた。
「私のなかで、気持ちよくなって」
まるで心臓に杭を打たれたかのような衝撃だった。
欲に染まる上擦り掠れた声に、杏寿郎の体が硬直する。
静けさは一瞬。
その静止を阻むかの如く、強い力で蛍の体を掻き抱いた。
「ッんぁ…っ!」
一瞬体が浮いた気配がした。
それが杏寿郎の腕によるものだと理解した時、既に蛍の体は太く熱い肉棒に貫かれていた。