第29章 あたら夜《弐》
杏寿郎は自分が果てるよりも、蛍が果てる姿を見ることを好む。
それは日々の情事でよく知っていた。
温厚篤実な性格の杏寿郎が、体を重ねる時にだけ見せる顔。
それも欲を見せることで頭を擡げる悪戯は、好意があるが故だ。
好きだからこそもっと色んな顔の蛍が見たい。
そう愛情に満ち満ちた声で囁かれながら、深い快楽に落とされる。
そんな杏寿郎だけが持つ雄の姿を思い出して。
「体温が上がってきているな…飢餓が高まっているのか」
指の甲で頬を撫でられる。
そんな些細な行為にも、ぴくりと肌が震えた。
飢餓の兆候はある。
杏寿郎の言うことは間違っていない。
しかしそれだけではない熱の昂りは、目の前にいるのが杏寿郎だからこそ生まれるものだ。
「早急に進めるとしよう」
安定した反り屋根の上で腰を落とす杏寿郎に、蛍の顔が上がる。
すぐ間近にある視線は絡み合うものの、落ちてくる杏寿郎の口付けはない。
見つめる金輪の双眸の奥に、いつもなら揺らめく欲の灯火は見当たらなかった。
「濡らさないように少し着物を乱す。蛍も裾を握っていてくれるか」
「ぁ…う、ん」
普段と変わらない表情でてきぱきと進めていく杏寿郎に、ぎこちなくも従っていく。
(私から言い出したことなのに…なに戸惑ってるの)
杏寿郎はその場その場で適応しているというのに。
自分から言い出しておきながらみっともないと、蛍は静かに深呼吸を繋いだ。
早く事を済ませて、早く千寿郎達のところへ行こう。
熱い顔を隠すように巻かれた襟巻に顔を埋めれば、生乾きの生地の鼻につく臭いがした。