第10章 名前を呼んで
「まあまあ蝶ちゃん。君がしていたのは簡単に言うと、ひたすらあの蛞蝓を呼んでいただけなのだよ」
『!それで家に…すみません、誰かに運んでもらったんですよね?』
「ああ、いや…それは私が立原君に連絡を入れておいた。迎えに行ってあげてとだけ言ったから、もしかしたら彼は蝶ちゃんがおかしくなっちゃったって勘違いしているままかもしれないね」
『ちょっと太宰さん、そこ一番大事なとこ!!あああ、なんでお酒なんか…ッ、酒癖悪いって聞いてたのに……』
頭を抱えて項垂れる。
自分のデスクの椅子にいじけるように膝を立てて座り込んで、立原に何をしたのだろうかと想像して気分を重たくした。
『ああ、なんかどっと疲れた…なんか色んなものがなくなっていってる気がする』
「大丈夫だ蝶ちゃん、あのチビの酒癖の悪さで私は慣れてる」
『そんなところで中也さんと似てても嬉しくない……っ』
はあ、と溜息を吐きながら、パソコンに手を付けて書類の作成を開始した。
『もう本当なんなのあの人、そろそろ私泣きそう』
「今日はお弁当なんだ?蝶ちゃんの手作り?美味しそうだね」
谷崎さんがお弁当を覗き込んで、それに釣られるように周りのみんなが覗いてくる。
鉄分の補給を考え栄養にも不足なし、そして文句無しのいい香りと恐らく絶対美味しい味……そして、
「あれ、でもちょっと蝶ちゃんにしてみたら多め?」
普段よりも多めに入れられた量。
量もだろうけれどお弁当の中身を見て察したのか、太宰さんは思いっきりお腹を抱えて笑い始める。
『……太宰さん、言いたい事があるならどうぞ』
「プッ…っ、クククッ、あっははは!!!想像つかない!!!久しぶりに見た!」
盛大な笑いにどういう事だと皆太宰さんの方に顔を向ける。
美味しそうじゃないか、健康的だし見た目もいいし、なんてこのお弁当を賞賛する声がいっぱい上がる。
嬉しい、うん、嬉しい…でもなんていうかこう、とにかく複雑。
「ふふふっ、このお弁当……ッ、中也が作って持たせたものだろう?蝶ちゃん」
「「「えっ」」」
『…………数日間、一切の家事の禁止令を出されました』
拗ねたように一口、おかずを口に運ぶ。
くぅっ、悔しい、本家中也さんの味…びっくりするほど私好み。
「か、過保護というか何というか…」
「いいお嫁さんになれるな」
『もうやだあの人』
