第10章 衝動【カラ松、チョロ松】
ああ、思い出した。昨夜一松の連れてきた野良猫に引っ掻かれたんだったな。あまり目立たないから放っておこうと思っていたんだが、そういえば家を出る前に鏡を見るのを忘れていたな。
「昨日、猫に引っ掻かれたんだが…そんなに酷い傷痕か?」
「ううん、そこまで酷くはないけど、気にはなっちゃうかな。痛くないの?」
「いや、押さえると多少痛みを感じるが、これくらいどうということはない」
「だめだよ、浅い傷でもちゃんと消毒しないと、化膿したら大変なんだから」
彼女が、持っている鞄の中から消毒液と絆創膏を取り出す。…なぜそんなものを常備しているのか気になったが、あえて聞かないでおこう。
…ん?というか待て。まさか…
「ここじゃ通行する人の邪魔になっちゃうね。あ、銭湯の敷地に入ろう」
「あの、絵菜?一体何を…」
腕を引っ張られて銭湯の入り口までやって来ると、彼女が消毒液を持って俺の顔に手を添えた。
「!!?」
「ごめんね、すぐ終わるからじっとしてて」
ち、ちちち、近い!近い!!近すぎる!!!
お、落ち着くんだカラ松…彼女はあくまで俺の傷の手当てをしてくれようとしているんだ、そう!ただの厚意に過ぎないんだ、他意はない!だが!嫁入り前の可憐な女性がこうも容易く男に近付いていいのだろうか、よくない、断じて!そもそも俺の心臓が保たない!
「染みるかもしれないけど、ちょっと我慢してね」
どうすればいいか迷っている間にも、彼女はテキパキと手を動かしていく。
最後に絆創膏を貼られて、無事手当て完了……結局されるがままになってしまった…!
「はい、おしまい!」
「…あ、ありがとう…」
「これからは気を付けてね。じゃあ私、お風呂入るから、カラ松くんはランニングの続き頑張って!またね!」
「あ、ああ…また…」
こちらに手を振りながら建物の中に入っていく絵菜を見送り、俺は敷地から出た。
すぐには走り出さずにとぼとぼと道沿いを歩きながら、そっと頬の絆創膏に触れる。
…触れた指先に、彼女の優しいぬくもりが伝ってくる気がした。