第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
涙をこぼしながらも微笑む湖の額に、口づけを落とす白粉
額に増す暖かみに
抱きついて感じる体温に
湖は離すまいとしっかり白粉に抱きつくのだ
そんな二人に広間にいた者達は頬を緩ませる
「っもう!桜様のご用事なら、ご用事って言ってよ!心配したんだからねっ!」
「…そうか。それは、悪かったな」
「かかさまのばか…もう置いてかないでね?」
「……そう、だな」
一瞬だけ眉をしかめた白粉を見た兼続はその人の名前を呼びそうになった
(…白粉殿は…湖様の大切な母者…)
だが、その命は仮初めの物だ
白粉自身が説明していた
死した者だと
人ではない
だが、人と変わりない心をもった彼らを
(あやかしとは、よく言葉を当てたものですな…まことしやかに不思議な存在で、我らの考えの範疇を飛び抜ける。不明瞭な存在…だからこそ その存在は弱々しい)
人では無いもの
それなのに、兼続は白粉を人として扱おうとする
自分でも感じだしている矛盾
(白粉殿は、妖…解ってはいるのです…)
だが、この儚い存在の事を考えると頭が回らなくなる
「兼続」
「……」
「兼続」
「…っは、は。いかがいたしましたかっ、幸村殿」
「…大丈夫か?」
謙信は、二人を見て息をついた
全員揃っての朝餉、その一日湖が白粉の側を離れることはなかった
もちろん鈴も同様
その白粉が夕餉後に寝てしまった湖を膝にのせたまま聞く
「湖は、また妙な事を始めたのか?薬草の匂いがするな」
「そうですな…たった二日とちょっとの事なのですが、湖様は戦と薬学の知識を得られたいと申され…」
兼続が白粉に説明をすれば、白粉はそれに頷きながら「そうか」と湖の頭を撫でた
「湖様の足については、家康殿の薬が効き穏やかに過ごされておりましたぞ」
「…そうか…」
家康の方をちらりと見れば彼は
「礼とか要らないから…それに俺はあんたが湖を攫ったこと…仕方ないとはいえ納得はしてない…」
「そうだな」と苦笑する白粉
春日山城の彼らは何も言わない
だが、白粉に関しては過ごす時間が長い彼らは
家康と同じ意見であるもの そこにわく感情は異なった
悲しみの色が、濃くつく