第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
自分の腕の中で身を固めながら涙を流す少女
(この子は今、)
湖の言葉を聞いて、気づかされる
(今、母親の不在で心が不安定なんだ。知ってたはずだ…つい最近だって、自分の身元や繋がりを不安視してただろう…)
「しんげ、んさまっ…」
(聞き出したのは俺自身だぞ。俺まで離れると言えばどうなるか…わかってるだろうが…っ)
必死に手で涙を拭き、これ以上泣くまいとする湖の片手を掴むと
「悪い…さっきの言葉は取り消す」
(間が悪い…こども相手にどうするつもりだ…)
「う、うーーっ…」
ぼたぼたと落ち続ける涙は収まりそうもない
「大丈夫だ…居なくならない、側に居る…約束しよう」
「しん、げ…」
「ととさまでいい…お前が必要な限り、父役で居てやる」
素肌の湖を抱きしめてやれば、湖はやっと固めた身を緩めていく
「と、とさまぁ…」
わぁんわぁんと、子どもの泣き声が湯殿に響いた
「…あぁ。でも、約束してくれ。いつかちゃんと話してくるって」
耳に届いただろうか
湖は、必死に信玄の背中に手を回してた
城内が騒がしくなってくる
夜も明けた
薄明るい空と一緒に、走る音が近づいてきた
「で、 あんた。足はどうなの?」
「お風呂入って、痛くなくなったよー」
家康は、湖の足を触診しながらため息だ
「最近、薬飲んでたから痛みも弱かったようだけど…きっと飲む前はそのくらい痛かったはずだよ…あんた、我慢し過ぎ」
「そうなの?でも、我慢はしてないよ。なんか…急に痛いって感じるの」
「どんだけ自分の体に鈍感なの…神経通ってる?急にそこまで痛くなるはずないでしょ…」
またため息
湖の足は成長痛の痛み
最近家康の薬でそれが和らいでいたが、朝いつもより早く起きたのと、変な体制をしたことで痛みが走っただけだと言うのだ
「あんなに痛がっていたのにか…なにか、他に原因があるんじゃないか」
信玄が家康に聞くが、またまたため息をついた家康は
「ない」
と断言する
湖は、へへっと笑うだけだ
「湖、あんた人の上に乗っかって寝てるんでしょ…あれ、止めな」
「なんで家康さましってるの?」
「……あんた、疑問に思わないの?」
「徳川 家康…余計なことは言うな」