第26章 桜の咲く頃 三幕(九歳)
そして三日目
この日、信玄の部屋で目覚めた湖は気づく
信玄の胸から出る靄の色が濃くなったことに
今のところ信玄の様子に変化は見られない
だが…
(ととさまは、隠すのが上手だから…本当は、もう苦しいのかも…)
何故かまだ明るくない時刻に目を覚ましてしまったのは、この靄のせいだろうか
信玄の体の横についた手に力を掛けて、少し体を起こして上を見れば
信玄はまだ目を閉じて寝ているようだ
昨夜、湖の姿で寝たまま鈴には変わらなかったようだ
寝衣を身にまとっている
音のない部屋に、スル…と、小さく衣擦れの音がした
(…寝息…寝てるよね…)
するっと、その靄のある胸に向かって手を伸ばし襟を広げると…
そこにふわりと口づけを落とす
(お願い…)
口づけを落とした部分に小さな桜の淡い光
まるで吸い込まれるようにその胸に消えていく
(二回目…あと一回…お約束、守らなきゃ…)
すると、靄は色を変えて薄煤色に
「あ…いつもより…薄くなってる…」
うれしさに出た言葉
煤色は、以前よりずっと薄い色に変わっているのだ
(…良くなってる!色が薄い、はじめて)
良かったと、信玄の体温を感じるようにしたときだ
ぴきんっと、痛みが這い上がってくる
「っ、、んぅっ…?!」
びくりと身を固めた湖に信玄が気づき目を開ける
「湖?…どうした…湖っ」
「とと、さま…痛い…っ足、痛い」
家康から薬を貰って数日、痛みがこんなに走ることは無かった
起こしてしまったことに申し訳なさを感じながらそう言えば、信玄は寝衣のまま湖を抱えて廊下にでると、支度を始めていた女中に湯殿の用意を頼む
「待ってろ。暖めるといいと聞いた」
そう言い、湖を湯殿へ運んだ
その間もずっと眉をしかめる湖に、内心舌打ちをするが
今はそれどころではない
湯浴みの支度とすますと、湖を抱え湯に浸かる
そして痛みを訴える足をさするようにほぐしていくのだ
「湖」
「ん…だいじょうぶ…少し引いてきた。ととさま、ごめ・・」
湖の顔が少しずつ和らいでくる
そんな様子に信玄が足をさすりながら言った
「お前、俺に何かして自分の不調をきたすなら、それを止めろ」