第8章 strategie⑧
「光一さん。」
ぼーっと考えごとをしていたので、名前を呼ばれたことに一瞬気がつかなかった。
振り向くとひょろっとした30代くらいの男性だった。
「あ、はい…?」
「今日は見に来ていただきありがとうございます。」
「…??…はい。」
「あ、すみません。演出の林田です。」
この人は誰だろうと伺っていると、演出家だった。脚本も担当しており、今回ヒロカをキャスティングしたのも彼だった。
「あ、いえ!!こちらこそ無理言って演出席から拝見させていただき本当にありがとうございます。」
「いえ…。」
無表情で首を振り、下を向く。
感情がイマイチ読み取れない不思議な男性だった。
髪が肩まで伸びていて、ヒゲも伸びたい放題で手入れを放置したような外見だった。
しかし不潔な感じはなく、どちらかといえばオシャレな印象を与える。
ロックミュージシャンを連想させるような身なりだった。
「光一さんから見ていかがでしたか?」
するとボソっとつぶやくような声を出した。
「え。」
「今回の舞台です。いかがでしたか??」
演出家の林田は不安そうな目でそう聞いた。
「そうですね。怖かったな。」
俺はなんとなくどう答えて良いか分からず、素直な感想としてそう答えた。
林田はしばらく俺の感想の意味を理解しようと考えて、それから何かを納得したように大きく頷いた。
「そうでしたか。怖かったですか。」
「はい。」
自分でも何がどう怖かったのか分からなかったが、林田にはなぜか伝わったようだった。
「今回の舞台、光一さんに一番見に来て欲しかったので本当に嬉しかったです。ありがとうございました。」
「……。」
俺は言葉を失った。
この人は何を思ってこの舞台を作ろうと考えたのだろうか。
「林田さんは、なぜヒロカを使ったのですか?」
林田は俺の顔を、ビー玉のような瞳でじっと見つめた。