第8章 不協和音(ディソナンス)
銀の蓋を載せた深皿が、静かにテーブルへ置かれる。
「本日の夕食でございます」
黒衣の給仕係が一礼し、音もなく下がっていく。
長旅の間、まともな温かい食事など殆ど口にしていなかった。
戦時下のグランツェ王国へ近づくほど街から食糧が消えていき、王都へ向かう街道沿いでは、人々の顔色は痩せ、店の棚も空いていた。
冷えたパンと硬い肉、適当に流し込むだけの食事ばかりだったせいか、イルミはわずかに肩の力を抜く。
蓋を開けると湯気と共に香草と煮込み野菜の匂いがふわりと広がった。イルミは銀のスプーンを手に取り、ポトフへ差し込んだ。
湯気を立てるスープを一口含む。
丁寧に整えられた味だった。火の通り方は均一で、塩気も香草の配合も過不足がない。雑味はなく見た目も綺麗に整えられていた。
だが、何かが違った。
野菜の切り方。煮崩れ具合。皿への盛り付け。
何もかもが整いすぎている。
これなら、デンドラ市場通り沿いの適当な食堂の料理と大差ない。
イルミは無言でスプーンを皿に置いた。
違うのは食事だけではない。
いつもなら厨房の片隅で慌ただしく食事を取るニナの姿がある。鍋を運ぶ音。慌てた足音。使用人と揉めて小さく言い返す声。
今日はそれが何一つ聞こえなかった。
静かすぎる。石造りの屋敷の冷たさばかりが、やけに際立って感じられた。
調子が狂う。
残ったポトフを適当に流し込むと、イルミは椅子から立ち上がった。
休むつもりだった。
だが、妙に気分が落ち着かない。
石造りの廊下を抜け、静まり返った階段を上る。窓の外は既に薄青く暮れ始めていた。使用人たちの気配も少なく、広い屋敷は静けさと共に冷え込んでいく。燭台の火だけが、石壁へ淡い影を揺らしていた。