第8章 不協和音(ディソナンス)
しかし、その愉悦はすぐに凍りつく。
「エレオノーラ」
突然名前を呼ばれ、彼女の背筋がぴんと伸びた。
イルミは舞台に上がり、ためらいもなく彼女の正面に立った。そして、何の躊躇もなく両手を伸ばし、エレオノーラの肩に触れた。
「……!」
イルミは低い声で静かに言った。
「声を前に押すな。オーケストラを押し潰してる」
エレオノーラの唇が、わずかに結ばれる。完璧に歌っているつもりだった。
これまでずっとそう評価されてきた。
王女として、国家の象徴として、誰からも褒め称えられてきた声が平然と否定される。
エレオノーラは思わずイルミを見上げた。
「……抜いて。ここの力を」
エレオノーラは自分でも気づかぬうちに肩へ力を詰めていたことを知った。
わずかに肘を緩めるように息を吐き、張りつめていた肩を落とす。
「響かせようとするな。馴染ませろ」
肩に触れたイルミの指が離れる。
だが、正された肩の位置に残る感覚が、なおもエレオノーラを縛っていた。
「もっと聴け。自分の声じゃなく周りの音を」
エレオノーラの頰が、熱を帯びて赤らむ。
……叱られた。
しかも人前で、こんなにも容赦なく。
王女としてのプライドが、胸の内で激しく軋んだ。だが、同時に、奇妙な震えが背筋を這い上がった。
イルミは、自分の歌をただの「王女の歌」として扱わない。
音楽家として徹底的に冷酷に切り刻もうとしている。
「……はい」
エレオノーラは凛とした声で答えた。
だが、その声がわずかに震えていたことを、彼女自身が誰より許せなかった。