第4章 残響に沈む
キキョウ夫人は優雅に微笑んだまま、ニナを見た。
強いお咎めはなく、むしろ口元に上品な笑みが浮かんでいる。
「ニナ。珍しいことね。何かあったの?」
「いえ! ただ……うっかりしていて」
声が少し上ずってしまった。
「まあ。本当に珍しいわね。熱でもあるんじゃない? 少し椅子に掛けてなさい」
「大丈夫です!」
ニナは慌ててエプロンを腰に巻きつけながら首を振った。
「貸してください。私が……!」
銀の皿を使用人が運んでくるところにやや強引に歩み寄る。差し出された銀の皿に手を伸ばした、その瞬間だった。
「ニナ姉、オレがやる!」
軽やかな声とともに、皿がすっと手の中から消えた。
「——あ」
わずかに指先が空を掴む。
触れていたはずの重みだけが、遅れて残る。
「キルア、いいのよっ!」
思わず声を上げる。
だがキルアは気にした様子もなく、にっと笑った。
「大丈夫だって。ほら、もう終わるし」
くるりと背を向け、そのまま手際よく皿を並べていく。
視線を巡らせても、どの場所にももう手は足りている。声を掛ける間もなく、すべてが静かに回っている。
ただ立っているだけの自分だけが、そこから少し外れていた。
(……!)
またフレーズが頭の中でふっと立ち上がった。何のことはない、ただの皿が立てる音なのにフレーズに聴こえてきてしまう。
皿の触れ合う音が、またひとつ鳴る。
かちり。
ニナは思わず、自分の指先を見た。
動かしていないのに、何かをなぞっているような感覚に思わず手を握りしめる。
(違う、ここは厨房よ)
そう思っても、音は消えなかった。